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第三話 再生
その甲斐あってか、あなたは孤立する事を恐れなくなった。誰に何を言われても平然と、凜然としているようになっていった。そして独自に、自分だけの人形を創り出すように情熱を傾けていくようになった。
家族はすっかり弟に当主を任せるつもりで、弟もそのつもりで威張っていたけれど。あなたは、
「逆に一族を背負わなくて済むから楽ちんだ」
て笑っていたわね。カラカラと。その瞳に、ほんの少しだけ憂いを滲ませていたけれど。高校は定時制に通って、昼間は働いて。一人で生きていけるように着実に準備を始めていった。
そして高校を卒業と同時に、家を出て独自に人形師の道を歩もうと決意した。決行前夜、私にこう語り掛けてくれたわね。
「百夜、小さい時から、毎晩のように夢に出てきて励ましてくれたね。有難う。お蔭で独りで生きる覚悟が出来たよ。……一緒に、来てくれるかい?」
夢のようだったわ。嬉しくて嬉しくて。私の思いが通じてくれた事が嬉しくて。目の前が霞んで雫が溢れた。これが人間のいう涙なんだ、てあなたは教えてくれたわね。首を縦に振る事以外、何が出来るというのでしょう?
けれども、翌朝未明に私を連れて家を出ようとしたあなたは、たまたま厠に起きたお母様に見つかってしまった。すぐに事を察知したお母様は、大声で騒いで皆を呼び、お父様に取り押さえられたあなたは、私を取り上げられてしまった。
「お前みたいな出来損ないが、ここを出ていくのは大歓迎だ。だが百夜は我が一族の家宝だ! 返して貰う!」
私たちは引き離されてしまった。そして私は陰陽師の手で魂を今の体に封じ込められ、まるで祟り神を祀るようにして部屋の奥に小さな祠と鳥居が建てられ、そこに祀られる事になってしまった。
冗談じゃないわ。今更何が家宝よ? 人間てどうしてこうも我儘で横暴で矛盾だらけなのかしら。私は当主を守るのがお役目。弟など当主に認めるものか! だから名前さえも知らないし今後も知るつもりもないわ。
そして私は、毎晩毎晩眠っている筈のあなたに呼びかけ続けた。
……いつでも、何処にいても、何があっても私はあなたの側にいるわ。あなたの味方よ。あなたなら出来る。時につまずく事や、八方塞がりな時があるかもしれない。でもそれは、より大きく羽ばたく為の踏み台みたいなもの。大丈夫、あなたは必ず出来るから……
来る日も、来る日も。夜がくれば一晩中。
あなたは、和風と洋風を上手く取り入れて。妖精や天女のように神々しく美しい人形を創ると評判になったようね。ビスクドール作家「海渡百夜」と名乗って。そんな噂が、風に乗って聞こえてきたと庭の琵琶の木の精霊から聞いたわ。あなたが生まれて四十年。漸く長年の努力の花が開いたのね。私の名前を名乗ってくれて光栄だわ。
あら、また涙が。ふふふ、すっかり涙脆くなったものね。
この家がどうなったかなんて、全く関心がないからどうでも良いのだけれど、もしかしていつの日かあなたが帰って来た時の為に、滅びない程度には保っておくわね。
庭の松の木の長老によると、代々人形師として続いてはいるよって話よ。けれども栄えるでもなく、低空飛行な現状維持を続けているのですって。
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