第四話 百年の時を過ぎても

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第四話 百年の時を過ぎても

  それから月日が流れ、時代は「平成」から「令和」へと移り変わった。  あなたが生まれてから、明日でもう百年の月日が流れるのね。そろそろ魂抜きして、新しい体に魂入れする頃だけれど。今回で私は朽ち果てる時なのかしらね。誰も何も言ってこないし、儀式の準備をしている気配さえないもの。そしたら百瀬家も没落ね。それもいいと思うの。だって、あなたは帰って来る必要もないのですもの。  あなたはまだまだ現役ビスクドール作家として、元気で頑張っているようね。 大したものだわ。  外はサツキが色鮮やかに咲き誇り、モンシロチョウや揚羽蝶が優雅に、そして気ままに舞を披露しているわ。まるであなたが生まれた時みたいね。  ん? 誰か来るわ。久しぶりね、この前先代がここに入って来たのは、五十年ほど前だったかしら?  ガラリ  襖が開いた。その人は背中に光を放っているように見えた。背が高く、すらりとしたその人は、藍色の直垂(ひたたれ)に身を包み、肩の下あたりまで伸びた髪を綺麗に後ろで纏めて、純白の髪……綺麗な、鳶色の瞳の…… 「待たせたね、百夜。お前の魂抜き、新しい人形に魂を移し替えないとな」  変わっていない。春爛漫の希望に満ちた風を思わせる、朗らかな声。前よりも円熟した深さが加わって…… ……海渡!…… 「次の体は、これで良いかい?」  と言って、彼は白金色……プラチナブロンドの波打つ長い髪に、髪と同じ色の上品な眉。そして長い長い睫毛の(とばり)に囲まれた、紫水晶のような大きな瞳。真珠のような肌の世にも可愛らしいビスクドールを見せた。十九世紀英国貴族を思わせるドレスは瑠璃色の地に白いレースのフリルをふんだんにあしらった豪華なものだ。 ……勿論! 素敵よ。完全西洋風は初めてだわ!…… 「おやおや、何を泣くんだい?」  そう言って、右手でそっと私の頬を拭い、微笑む彼の目尻の皺がとても優しくて神々しく見えた。 ……素敵な歳の重ね方をしたのね…… 「僕は今日で百歳。すっかりおじいちゃんだけど、まだもう少し生きられそうだ。ずっと、夢の中でお前に励まされ続けて、何とかここまでやってこれた。邸に急に帰っても、止められり罵倒を浴びせたりする者は誰も居なくなった程度にはなれたらしい。こんな僕だけど、また側に居てくれるかい?」 ……勿論、百年の時が過ぎても、私はずっと…… 【完】
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