玲遠と大河

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玲遠と大河

 七月。この時期は携帯のアラームをかけなくても、瞼に感じる強烈な陽射しで目が覚める。部屋は常に緩く冷房がかかっていて、外の気温は三十度を超えていても体には汗一つかいていない。  目覚めればコップ一杯の水を飲み、トイレを済ませてから歯を磨き、念入りに顔を洗う。  朝食は焼いたパンにバターを塗ったものと、チルドカップのミルクカフェオレ。和食が恋しくなることもあるが、わざわざ米を炊いたり味噌汁を作ったりはしない。一人暮らしの男子らしく、食事は大抵電子レンジで作れるものか、外食か、コンビニで済ませていた。  それでも今の時期は暑さですぐ体力がなくなるため、一応は朝から腹一杯になるまで何かを食べる。栄養過多を防ぐためにビタミンやカロチンなどが含まれたサプリメントなども飲む。学生時代から変わらない体系はどこもすっきりしていて、肌の色も健康的で体調もすこぶる良い。  十九歳──今の自分が人生で一番輝いていると、自信を持って言える。猫のように大きなツリ目と高くはないけど整った鼻、生まれついての微笑と言っても良いほど口角の上がった愛嬌のある唇。先日美容院に行ったお蔭で髪も綺麗だ。担当の美容師いわく「ミルクティブラウンは日本人の場合誰にでも似合うカラーじゃない」らしい。  朝食後に姿見の前で裸になり、全身を軽くチェックして今日も完璧だと自己暗示をかける。ナルシズム的な意味で見ている訳ではない。俺の場合、この体は大切な「商売道具」なのだ。  ──今日も大丈夫。昨日と同じに完璧。 気を遣った外見のお蔭で今の俺は仕事も順調、友達もいて毎日食っていけているし、そこまで高価な物でなければ欲しいものは大抵買える。  自分にしては上出来な、充実した生活だ。面倒なことは後回し。にこにこと笑ってさえいれば、子供っぽい奴とは思われても嫌われはしない。  ようやく俺は、自分の生き方を見つけることができたのだ。  ともあれ早起きをしても午前中は特にやることもなく、日課となっているスマホのゲームと残りのカフェオレなどで時間を潰す。 そうしていると、やがて玄関の呼び鈴が鳴るのだ。午前十時──確認せずとも分かる。こんな早くからアパートを訪ねてくる奴といったら一人しかいない。
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