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儀式は進み、納棺士さんふたりは、慣れた手つきで体全体をすみずみまで洗い、髪もシャワーで丁寧に洗った。身体を拭かれ、長い髪はドライヤーでふわふわになるまで乾かしてもらえた。
「万里江さん、気持ちよさそうね。よかったね」
母は鼻声で話しかける。うん、と私は頷くしかできない。
「すまん、電話が」
涙をぬぐいながら、父が部屋の外に出て行った。こんな時に出るのだから仕事のことだとは思うが、電話をかけてきた方も、まさか社長がぐずぐずの涙声で応答するとは思うまい。
爪を整えられ、化粧を施された万里江ちゃんは白い仏衣をまとい、棺へ移された。
「これから、お浄土まで長い長い旅をされると言われています。皆様で、あの世への旅支度をお手伝いしてさしあげてください」
納棺士さんに言われて、手には手甲、足には脚絆の紐を結ぶ。私は手を担当した。肌に触れると冷たく、生きているときよりも弾力がなくぺしゃりとしている。他にも杖やら笠やら、六文銭やらを収めた。表面のてかてかした白い布団をかぶせられ、頬紅をさした姿で、細長い棺のなか叔母は今にも、「ふふふ」とくすぐったそうに笑い出しそうだ。
父が戻ってきて、棺を覗き込み、
「まーちゃん、よかったな。キレイにしてもらえたぞ」
と泣きついた。時計を見ると、ちょうど1時間。17時になっている。合掌をして、父と納棺士さんで棺のふたを閉じると、絶妙な間で、すらりと入り口のドアが開いた。若い女性スタッフが、失礼いたします、と声をかけて椅子席の通路を通ってキャスター付きの細長い台を運ぶ。
「お棺をご移動します。お手伝い願えますか」
そう声をかけられて父、朔太郎が棺をそっと載せ、いつの間にか現れた伊織さんが、
「みなさま、式場へご一緒にご移動いたしましょう」
と先導した。
伊織さんは2階のボタンを押したが、1階でエレベーターが止まる。
「少しお待ちください」
伊織さんがドアが開く前に声をかけてくれる。言われなければ、どの階でとまろうと、ぼんやりしている私たちはぞろぞろと降りてしまっただろう。
ドアがゆっくり開くと、目の前に礼装の女性たちが3人、乗り込もうとしてくるところだった。
「申し訳ございません、お次でもよろしいですか?」
伊織さんが丁寧に詫び、ドアを閉めた。が、
「どういうこと?」
エレベーター内は騒然となる。
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