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久しぶりに戻った実家の自室で、私は格闘していた。対戦相手はクローゼットの中身。
「これじゃカジュアル過ぎるし……」
胸に当てたばかりのボーダーTシャツをベッドに放る。引っ越しのときに置いて行った大学時代の夏服を取りにきたのだけど、明日着る服を選び始めたら止まらなくなってしまった。
「ああー万里江ちゃんが生きていたらなあ」
今年の春に夭逝した叔母の写真は、今住んでいるマンションに飾ってある。仕事で悔しい想いをしたときは、その笑顔が慰めてくれるけれど、あの世からファッションアドバイスまではしてくれない。
「姉ちゃん、外見だけ気にするより、内面を磨けよなー」
シャーベットアイスを片手に、弟の朔太郎がひょっこり戸口に姿を現した。
「うるさいなあ。明日までに内面磨けたら苦労しない」
そうなのだ。明日は先勝なので一日お休みをとってある。伊織さんと競合他社の「天空セレモニー」の感謝祭を見学に行く。感謝祭、とは地域の人と交流をはかるための葬儀社主催の催しだ。もちろん、葬儀社によって呼び名はさまざま。「なごみ典礼」でも会館ごとに行っている。私はまだ行ったことがないけど、野菜の即売会には近隣の主婦がつめかけ大盛況となるそうだ。
葬儀会館なんて、普段は立ち寄ろうとは絶対思わない。でも家族の葬儀を考えなくてはいけなくなったとき、気兼ねなく心を開いてもらえるよう、地域とのお付き合いは葬儀社には欠かせない。
「だいたいさあ、デートじゃないよね?」
朔太郎の言葉がぐさりと刺さる。目的は他社の偵察だから、確かにデートじゃない。
「まあ、仕事の延長のようなもんだけど」
「伊織さん、たしかに葬儀のときはいい感じの人だったけどさ、惚れる相手としてはどうかなあ。ちょっと気難しい感じもしたんだよね、俺は」
弟よ、どうしてそんなに鋭いのだ。確かに伊織さんは小さいころお寺に預けられていたせいで、お寺が苦手になった過去がある。何があったのか、権藤館長や紫藤さん、大覚さんは知っているみたいだから、おいおい聞いてみようとは思っているけど、今の私はただの葬儀アシスタント。伊織さんの彼女でもなんでもない。どこまで首を突っ込んでいいのだろうか。
「朔に関係ないでしょ。あんたこそ、どうなのよ。彼女いないくせに」
ひとまず、反撃に出た。
「ハッハッハ。残念だったな。俺にも彼女ができました」
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