5.心のかたち

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 待ち合わせは10時。電車で小一時間かかる場所だから、移動時間を含めると、いつものように寝過ごしてはいられない。  とはいえ、むしろ眠れなかった。  服を選んで実家でご飯を食べて、マンションに戻ったのが22時。大覚さんから誘われていたお寺ライブには伺えないことを伝え、お風呂に入ったら、あっという間に1時間。  そのあとも伊織さんのことを考えてしまい目が冴えてしまった。他社のイベントに潜入して、ボロを出さないかという心配も。  もし同業者だってばれたら、まずいんだろうなあ。  私はまだこの仕事について日が浅いけど、ベテランのスタッフは男女問わず20年以上の人も多い。伊織さんは、5年目くらい? ううん、18歳から働いているとしたら、7年か、8年くらいだろう。  長年勤めていると、業界内で顔も覚えられる。  こそこそと偵察に来たことがある要注意人物になってしまうと、もらえる情報ももらえなくなるかもしれない。  エアコンの風は冷たいし、堂々巡りの思考で緊張してくるし、で明け方の短い眠りだけで朝を迎えた。  遅刻はさすがにマナー違反だろう。慎重に選んだ服に袖を通し、化粧を済ませる。なにやら気分が高揚して、だるさは消えた。  万里江ちゃんの写真にパンパン!と柏手を打ち、 「いってきます!」    ショルダーバッグを掴む。  服は結局、水色のブラウス(無難)と、アイボリーの膝丈スカート(無難)。  攻めたオフショルとか、ミニのタイトスカートも考えたけど……そういうのは女子同士で楽しむもの、というか。自分自身が伊織さんの隣にどんな女性がいてほしいか考えたときに、候補から除外された。  待ち合わせは、「天空セレモニー 千住会館」の最寄駅。  駅のトイレで汗を拭き、化粧を整えた。肌の調子は悪くない。ついでに深呼吸をして改札を通ると、溢れんばかりの日差しの片隅が、伊織さんのシルエットを切り取っていた。  かなり離れているし、後ろ姿だけど、間違いない。  耳にイヤフォン。音楽を聴いている。  ダークグレーの半袖シャツと細身のデニム。デニムはブラックだ。  暗い色合いの服を纏い、やや右を向いてゆっくりと往来を眺めている。  端正な顔が不意にこちらを振り向いた。  目が合うと、落ち着いた物腰でイヤフォンを取り、こちらへやってくる。 「おはようございます」  さすがの伊織さんも、わずかに汗をかいている。そして、いつもより表情が固いかも。   「伊織さん、おはようございます。お待たせいたしました」  私も、いつも以上にピリッとした声を心掛ける。だってこれはデートではない。
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