5.心のかたち

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 口に出さずに、ちょっと頼りないというか、女々しいんじゃないか、と思っていると、 「女々しいな」  と伊織さん。びっくりして思わずその顔を凝視してしまう。いつになく冷やかな表情が浮かんでいる。 「紫藤さんがカラッとした方だから、お相手はどうしても……よく言えば煮え切らない、悪く言えば柔和な方がいいんじゃないでしょうか」 「よい方と悪い方が逆じゃないですか?」    ふふっと、伊織さんが噴きだす。 「あ」  しまった。 「心にもないことを言ったでしょう、今」 「バレましたか」  取り繕うのも見苦しいから、私は真顔で開き直った。伊織さんはクスクス笑いながら、 「まあ、心のこもっていない西宮さんに免じて、協力はしましょうか。このあと志月さんが、そのぬいぐるみがどれなのか、隙を見て写真を送ると言っていたので、まずは私たちは終活セミナーの受付をしましょう。それから大変申し訳ないのですが……」  伊織さんが身をかがめて、私に耳打ちをする。掌にこもった声が吐息とともに吹き込まれる。 「私たちは夫婦ということにしていただけますか。私の父が長患いしていて心配だということに」  なんですと? 伊織さんと夫婦?   爆弾発言に、凍りつく。  ダメーーーーー!   ムリ! 寿命が縮まります!  というか、今ここで即死でもいいですか!?  とは言えず、 「わかりました」  と頷く私。  呼吸は一瞬荒くなったけれど、その辺、伊織さんはきっと鈍感だ。  そっと深呼吸で回復。  それにしても、葬儀アシスタントになってから、感情を隠すのが我ながら上手くなった。一度感情を封じると、頭がすっと冴えてくる。  よくよく考えれば、こうして自然に終活セミナーに紛れ込めるから、私が選ばれたのだろう。清水さんと伊織さんでは、兄弟というには外見も雰囲気も似てなくて苦しいし、長年勤めている権藤さんは業界内で顔が割れているだろう。  伊織さんは表情を明るくした。 「よかった。助かります。お嫌でしょうが、10分程度で終わると思いますので。気負わずリラックスしてくださいね。そうだ、お名前も借りていいですか。私が西宮と名乗ります」 「わかりました」  ドキドキと鳴る心臓をなるべく無視しながら、伊織さんが私の名前を名乗るのも妙案だな、と思う。  伊織、という名前でバレては元も子もないし、私が自分の名前を間違えるリスクも減らせるだろう。  名前の件以外にもいくつか軽い打ち合わせをし、ぬいぐるみの袋を携え、いざ、敵陣へ!
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