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口に出さずに、ちょっと頼りないというか、女々しいんじゃないか、と思っていると、
「女々しいな」
と伊織さん。びっくりして思わずその顔を凝視してしまう。いつになく冷やかな表情が浮かんでいる。
「紫藤さんがカラッとした方だから、お相手はどうしても……よく言えば煮え切らない、悪く言えば柔和な方がいいんじゃないでしょうか」
「よい方と悪い方が逆じゃないですか?」
ふふっと、伊織さんが噴きだす。
「あ」
しまった。
「心にもないことを言ったでしょう、今」
「バレましたか」
取り繕うのも見苦しいから、私は真顔で開き直った。伊織さんはクスクス笑いながら、
「まあ、心のこもっていない西宮さんに免じて、協力はしましょうか。このあと志月さんが、そのぬいぐるみがどれなのか、隙を見て写真を送ると言っていたので、まずは私たちは終活セミナーの受付をしましょう。それから大変申し訳ないのですが……」
伊織さんが身をかがめて、私に耳打ちをする。掌にこもった声が吐息とともに吹き込まれる。
「私たちは夫婦ということにしていただけますか。私の父が長患いしていて心配だということに」
なんですと? 伊織さんと夫婦?
爆弾発言に、凍りつく。
ダメーーーーー!
ムリ! 寿命が縮まります!
というか、今ここで即死でもいいですか!?
とは言えず、
「わかりました」
と頷く私。
呼吸は一瞬荒くなったけれど、その辺、伊織さんはきっと鈍感だ。
そっと深呼吸で回復。
それにしても、葬儀アシスタントになってから、感情を隠すのが我ながら上手くなった。一度感情を封じると、頭がすっと冴えてくる。
よくよく考えれば、こうして自然に終活セミナーに紛れ込めるから、私が選ばれたのだろう。清水さんと伊織さんでは、兄弟というには外見も雰囲気も似てなくて苦しいし、長年勤めている権藤さんは業界内で顔が割れているだろう。
伊織さんは表情を明るくした。
「よかった。助かります。お嫌でしょうが、10分程度で終わると思いますので。気負わずリラックスしてくださいね。そうだ、お名前も借りていいですか。私が西宮と名乗ります」
「わかりました」
ドキドキと鳴る心臓をなるべく無視しながら、伊織さんが私の名前を名乗るのも妙案だな、と思う。
伊織、という名前でバレては元も子もないし、私が自分の名前を間違えるリスクも減らせるだろう。
名前の件以外にもいくつか軽い打ち合わせをし、ぬいぐるみの袋を携え、いざ、敵陣へ!
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