5.心のかたち

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 終活コーナーはお清め場にホワイトボードを持ちこんでブースが作られている。着席で80名は入れそうな広いお部屋だ。白いカーテンから柔らかな光が入り、開放的な雰囲気。その一角に、やはり毛筆の看板が出ている。午前の部は11時からだけど、すでに受付をすませたらしい方が、手前に設けられた休憩コーナーで資料を眺めながら始まるのを待っている。  スタッフの一人が、私たちに気が付いた。さすがに法被(はっぴ)は着ていない。男性はワイシャツ姿、女性は半袖のブラウスで、お役所のクールビズのような格好。  もっちりと肌の白いメガネの女性が、私たちにやんわりと、 「セミナーにご参加希望ですか」  と尋ねてくれた。小柄で雰囲気がいい。お葬儀相談はにこやか過ぎてももちろんダメだ。アルカイックスマイルのような50パーセントの微笑みが必要とされる。このスタッフさんの表情は、まさに阿弥陀様のような穏やかさで、その点素晴らしい。 「はい」  少し固い声で返事をしてしまうが、相手はさして気にする風もなく、 「ではこちらのアンケートにご記入いただいて、お待ちください」  と用紙を置いていく。アンケートの中身は家族構成や、お葬儀に対して不安なことは何か、といった内容だ。  冷たい麦茶も、奥から運ばれてくる。  打ち合わせ通り、伊織さんはアンケートの氏名欄に「西宮永汰」と書きこんだ。  またもや体温上昇の予兆が見られる。こんなにエアコンの効いた空間で熱中症になったら伊織さんのせいだ……絶対に言えないけど。  広いお清め場の三分の一ほどは、別に仕切られて、ハンドマッサージのコーナーになっている。伊織さんがアンケートを書いている間、麦茶に口をつけつつ様子を窺っていると、 「野菜のところでスタンプカードをもらったんですけど」  と、やってくる人がちらほら。  スタンプラリーのような形式で、指定のブースを回ると景品がもらえたり、くじを引いたりできるようだ。人が集中する野菜コーナーで配れば、さほど需要のない3階にも足を運ぶ人が増えるという仕組みらしい。  ハンドマッサージは200円という格安の値段だから希望者が多い。そこからこの終活セミナーへ誘導しているのだ。
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