5.心のかたち

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 セミナーの開始時間になると、ホワイトボードに向かって並ぶ客席に案内される。座席の間隔はやや狭い。伊織さんの荷物に気付いた女性スタッフが、 「お荷物、入り口に置いておきましょうか」  と申し出た。振返ると、入り口の右奥に折り畳みテーブルを使った荷物置き場がある。 「お願いします」  預けて席へ座る。成るべく目立たないように後ろから2列目を選ぶ。  伊織さんと並んで座るなんて、ほとんど初めてだ。長身だから、座高も高い。  わずかな空間を埋めてほのかに伝わってくる熱は、体温の高さを思わせる。弟の朔太郎もそうだった。男の人って体温が高くて、側にいると大きな犬みたい。 「どうしました?」 「あ、いえ、なんでもないです」  つい肩の辺りを眺めていた。近くにいる感覚を余すことなく味わいたくて。  誤魔化そうと周囲を眺めると、カジュアルな格好の男女が、10名ほど着席している。  ほとんどが70代くらい。自分や親のことを考えての参加なのだろう。私たちはどうしても目立つ。軽く咳払いしたくなるような、居心地の悪さがあった。  そこへ、駆け込むように30代のご夫婦が入ってきた。荷物を預けて、私たちから1席空けて座る。ちょうど、担当スタッフがホワイトボードの脇に立ち、演台に資料をおいたタイミングだったので、ほっとして姿勢を崩す。   「皆様、本日はお暑いなか、お集まり頂き、ありがとうございます」  講師を勤めるのは、50代くらいの男性スタッフ。ぎょろっとした眼が印象的だ、と思ったら、度々火葬場で見かける方だった。普段はまるで猛禽類のように、大勢のお客様を無言で見つめている。今日は一転、ひょうきんな口ぶりで、そもそも終活とはどういうものなのかに触れたあと、お葬儀の前後にどのような手続きがあるのかを説明し始めた。 「よくありますのが、うちの宗派がわからない、というご相談。お父さん、生き返ってください、と言ってもそれは叶いません。お母さん、美人だよ、と言っても起きてはくれない。お顔がね、ちょっとニヤっとして見えたりもするんですが。それだけじゃあお墓をどうしたいのか、菩提寺様はどこなのかわからないものなんです」  ほんのり漫談風味なのが、客層にマッチしたようで、ところどころ笑いが起きる。
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