1.あなたのいた季節

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 お花が大好きで、長い髪をふわふわウェーブにしていて、いつも穏やかな万里江おばさんは、小さな頃から私の憧れの女性だった。  春夏は、くるみボタンのついたブラウスとプリーツスカート。  秋冬は、ざっくり編んだセーターとデニムをすらりと着こなす美人だった。    そんな彼女が他界したのは、つい、今朝のこと。彼女の好きな桜の季節に逝ってしまった。まだ現実感のない私の目玉は常に涙であふれかえっている。  昨年、セクハラ地獄で製薬会社を退職したときも、薬屋のアルバイトを始めたときも、いつもふんわり、「輪花ちゃんなら、大丈夫!」と請け合ってくれた唯一の人だった。 「ただいまぁ」  銀行に行っていた父が帰宅した。声がすっかり枯れている。父にとってもかわいい妹だったのは間違いない。    「生徒さん達にほんとに連絡しなくていいのか。俺はやっぱり……」  弱り切った父を母が、 「何言っているんです」  と一刀両断。今朝から繰り返されたこのやりとり。   「うちの親戚だけで式場の座席はいっぱいなんですよ。生徒さんたちには、後日改めてご挨拶すればいいことじゃないですか」 「でも、入り口で焼香だけならしてもらえるって葬儀屋さんも言っていたし……」  食い下がる父に、 「あと2時間で納棺。私は着付けもあるし、今からじゃ間に合いません。現実を見たくないのはわかります。代わりに、私が全部調整しますから。私だって万里江さんのことは大好きだったんです。悪いようにするはずないでしょう?」  要するにこういうこと。  フラワーアーティストだった万里江叔母さんは、お教室も開いていて、初級から上級まで、50名ほどの生徒さんがいる。    普通なら、生徒さんたちに連絡を回し会葬に来てもらうところだろう。  しかし、そうすれば当然フラワーアーティスト仲間や恩師も呼ぶべき、という話になり、作品を提供した取引先にも知らせることになる。  父は、今のしょぼくれている姿からは想像できないかもしれないけれど、都内や千葉に、温泉施設を展開する会社の取締役だ。  会葬客を普通に呼ぶとなると、父の職場と取引先、それから役員をやってる町内会の面々からも、「妹さんの訃報とあれば弔わねば」とくる。  今は3月。  年度末だから新米から部長まで勢揃い、ということはないだろうけど。  連絡を中途半端に回すわけには行かないから、日程も延びるだろう。  母が心配しているのは葬儀の予算オーバーだ。  日延べすれば、その分、亡骸を預かってもらうためのお金がかかる。  香典はあてにできない、とも言っていて、昨今は香典をお義理の3,000円だけ包み、通夜ぶるまいの席では飲み放題の食べ放題をしたあげく、香典返しを貰って帰る人も多い、というのだ。  万里江さんのことは大好き、といっていたけど、正直、自由人の叔母さんと、見合いで父と結婚した母の相性はあまりよくなかった。あまりお金は出したくないのだろう。  万里江さんがアーティストとして独立するとき、まだ若かった父がうちの生活費を削って支援したことも、引きずっている。  気持ちはわかる、わかるんだけど。  お金のことでピリピリするなんて万里江ちゃんが、可哀想すぎる。
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