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「どこにありました?」
伊織さんが藤原さんに尋ねる。
「あの紙袋の中です。お香典の内袋に入れられていて、しかも、空の袋に混じってしまっておりました。封筒は備え付けのものをお使いくださいって、ご案内したんですけどねえ。まあ、お二人とも受付のお仕事が初めてなのに、大勢お見えになりましたからね。これでひと安心でございますよ」
彼女がゆったりと目尻にしわを作ると場が少しだけ明るくなった。ふうっと肩の荷が降りた気分だ。同時にどっと疲れも押し寄せる。
「よかった。では、俺は帰ります」
小日向さんが言った。
「いや、私が正直に妻に話しますから、どうか食事をしていってください」
父が青い顔で引き留める。
「いえ。それよりもお願いがあるんです」
小日向さんが、ボサボサ頭を揺らした。
「なんですか」
「まず、明日は参列させていただきます。万里江との最期のお別れですから」
「もちろんですよ!」
「それから、納骨までの期間も、万里江と一緒にいさせてほしいんです」
父は一瞬面食らったようだったが、すぐに理解し頷いた。
「では、明日、お骨は小日向さんの家へ持っていきます」
「宜しくお願いします」
ふっと、小日向さんが笑顔を見せた。疲れの色は濃いが、先程のような暗い自嘲の色はない。
「小日向さん、スーツケース、どうします?」
私が訊くと、父が横から割り込んだ。
「そうだ、私がいまお送りしますよ。幸い酒も口にしていないし。車なら5分とかかりませんから。輪花、すぐここまで持ってきて差し上げなさい」
小日向さんがまた、掌を振って、
「いえ。少し歩きたいので。申し訳ありませんが」
と辞退する。
「いやでも、荷物が大変だろうし、車を呼びましょう。タクシー代なら私が」
と父は言いかけて口を両手で押さえた。
「もう、お父さん! 世の中には歩きたい人だっているの。大荷物でも、桜と夜風を感じたいときがあるの」
私がエレベーターのボタンを押しながらいうと、藤原さんが、そうですねえ、と相槌を打ってくれた。
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