1.あなたのいた季節

33/40
前へ
/538ページ
次へ
 人間は、夜の長さというものを、正確に感じ取ることができないんじゃないか。  通夜の翌朝、私はそんなことを考えながら、万里江ちゃんの棺のふたを開けて、物言わぬ顔を眺めていた。時間が進むということがとても不思議。    私は2時くらいには眠気がこらえきれず、一度眠りについた。そして朝5時ころ目が覚めて今に至る。父は疲れていたのか、10時を過ぎてから先程まで、完全に熟睡だった。起こすのもかわいそうなので、まだ部屋で寝かせている。時刻はもうすぐ朝8時。10時から告別式で、11時に火葬場へ向かう、ということだった。 「おはよーございます!」  朗々とした声に振り向くと、ワイシャツ姿の熊のようなおじさんが、式場の明かりをつけてくれた。閉め切っていたお清め場の扉を開け、窓のカーテンを開ける。 「川が見えますよ」  呼ばれて、お清め場へ行く。レースのカーテンの内側に入ると、確かに桜並木の連なる川が流れていた。江東区を流れるいくつもの川のうちの一つだろう。  桜はちょうど見頃で、ひんやりとした朝の空気の中、しんと咲いている。 「そうだ。伊織からメモを預かってましてね。喪主様でなく、お嬢様にと」 「伊織さんから?」 「ええ。伊織は朝、別件で出てしまいましてね。喪主様とお約束している9時には戻れるのですが、出社するなり、私に預けていきました。なるべく早くお渡ししたいって言ってましたよ」  どこかフランクな雰囲気の熊おじさんが、ワイシャツのポケットから折りたたまれた紙を取り出した。  B5くらいの大きさのさらりとした手触りの便箋だった。和紙、かもしれない。そこに線の細い綺麗な文字が数行、連なっている。  目を走らせると、想像もしていなかった内容に胸が高鳴った。これが本当なら、本当に万里江ちゃんは季節を飛び越えたことになる。 「ありがとうございます」  熊さんへのお礼もそこそこに、控室に駆け込み、父を揺すり起こした。
/538ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1678人が本棚に入れています
本棚に追加