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式場の中を、低くクラシックが流れている。
読経が終わり、間もなく出棺だ。参列した面々は、火葬場へ行く前にお手洗いを済ませるなどあわただしく動いている。
香典が見つかった以上、小日向さんを責めることができない母は、今朝きっぱりと謝り、その後は気まずそうに距離を取っている。せっかく伊織さんが内々に治めてくれたので、父が家賃を渡したことは母は知らない。あのお金は、もともと小日向さんのものだった、とでも納得しているのだろう。
伊織さんは、式場で生花を切るのを手伝いつつ、周囲に指示を出していた。
式場内の椅子に花の籠がいくつか置かれ、そのひとつに小日向さんが持ってきた向日葵が一輪入っている。
さほど大きくはないが、ちゃんと鮮やかな黄色の花びらだ。
伊織さんにお礼やら感動やらを伝えたいけれど、告別式の前は打ち合わせや準備で忙しくしていて、話しかけることが出来なかった。
どうしてわかったんですか?
この先、何度も問いかけることになるとも知らず、私の口の中にうるさい小鳥がスタンバっている。
だって、まだ3月なのだ。
菜の花ならいざ知らず、向日葵が咲くことを予言するなんて。
「喪主さま、お嬢様」
藤原さんが私を呼んだ。祭壇に供えていた一膳飯とお団子を薄紙に包んで渡してくれる。
「最期のお別れです。入れて差し上げてください」
小日向さんも向日葵を持ってそばに来た。
長くてふんわりした髪の上に、ぱっと明るく彩りを添える。万里江ちゃんは穏やかに微笑んだままだ。冷たい頬に私と小日向さん、そして父が、かわるがわる触れる。弟と母も、涙を浮かべてそれを見守っている。
すべての花を入れ終えると、最期の別れの時が来た。数分間、スタッフが式場の隅に控える。
さよなら、の言葉はどうしても出てこなかった。
だって。
だって。
「全部の季節を飛び越えて、いつか、まーちゃんのところへ行くからね」
小日向さんが言った。
「それでは、御名残はつきませんがお蓋締めとなります」
温かかった伊織さんの声が、磨かれた金属のように、緊張を帯びる。
白木の蓋をその場にいた全員で持ち、ゆっくり静かに降ろす。
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