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その後、出棺、火葬とすべてが悪い夢のように進んだ。現実感のないなか、移動中のバスではまどろんだり、母とささいな言い合いをしたりする。つまりは日常の景色もちゃんとある。
食欲はないものの、火葬場へ行ってお菓子を食べ、式場に戻って精進落としの料理を出され、お腹がはちきれそうな状態で父とふたり、骨壺と位牌を万里江ちゃんの家へ届けた。
会食を断わり一足早く帰っていた小日向さんが、小奇麗に片付いた居間へ通してくれる。ちょっとレトロな家具が揃った、落ち着く空間。大きな窓のカーテン越しに、いつも柔らかな日差しの入る部屋だ。
骨壺の入った桐箱は、このあと伊織さんが来て飾り方を教えてくれることになっている。
「じゃあ、輪ちゃんが謎を解いたわけではないんだね」
伊織さんからメモをもらったことを話すと煎茶を淹れる手を止めて、こちらを向いた。
「はい。伊織さんです」
「どうしてわかったんだろう。夜中に覗きに来たんじゃないだろうしね?」
小日向さんも首を捻る。父は今さら、
「何々、そんなことがあったのか。だから出棺のとき向日葵があったんだなあ! 打ち合わせのときに注文したくてもできなかったのに、と不思議に思っていたんだ」
やっと向日葵の出所を知ったようだ。
「いらっしゃったら聞いてみましょう」
とその言葉を待っていたかのように、玄関のチャイムが鳴る。小日向さんがドアを開けにゆく。長身をかがめるように、古い作りの家のなかに、伊織さんが入ってきた。
「失礼いたします」
当然だけれど靴を脱ぐ。靴下姿がなんとなく愛らしく思えるから不思議だ。向日葵のことには触れずに、床に座って『後飾り』の説明をさらさらと話しながら、遺骨や位牌を飾る壇を組み立てていく。
このまま、何もなかったように帰ってしまうのかしら。
そう思ってついつい伊織さんの顔ばかりを眺めていると、ふっと視線が合った。
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