10.扉の中と胸の内

25/28
1530人が本棚に入れています
本棚に追加
/470ページ
「先程、移送したご遺体を、小岩会館にご安置したあと、今夜お寺様が枕経をあげることになりましてね。鳴り物(※大リンや木魚など、読経の際、音を出す仏具)をチェックしたところ、木魚の音がおかしかったんです。今日、小岩会館で出棺を担当したのは清水くんでした。その清水くんの姿が見えなかったので、ここへこっそり、代わりの木魚を探しに来たのではないかと思いまして」  なごみ典礼に勤め始めてから知ったのだけれど、木や金属で出来ている立派な仏具も実は壊れやすい。特に木魚は繊細で、台座から一度落としてしまっただけで、中にひび割れが生じてしまうことがある。  だから丁寧に扱うことが前提だけれど、出棺前の式場の転換で、うっかり落としてしまうこともままある。  中が割れてしまった木魚は、特徴的なあの「ポク!ポク!」という音がせず、「ぼこんぼこん」となんとも響きの悪い音になってしまうのだ。    壊れた木魚は見た目はそうとわからない。慎重なお坊さんは、お通夜の前に必ず鳴り物をチェックする。けれどノーチェックで、割れた木魚のままお式が始まってしまったら、取り返しがつかない。なので、伊織さんは前もって音を確認したのだ。  そこまではどのスタッフもやることかもしれないけれど、清水さんの行動パターンを読み、この別館で木魚のスペアを探していることを見抜いてしまったのは、伊織さんのさすがの洞察力といえるだろう。 「あははは……すんません! 生花部が作業しやすいようにと思って、急いで避けたら、つるっと落っことしちゃいました! 犯人は自分っす!」  清水さんは、力なく笑ったあと、勢いよく頭を下げた。伊織さんはやや呆れ顔で、腕を組んだ。 「まったく。木魚はかなり高いので扱いに気を付けてくださいね」  伊織さんがぴりっと引き締まった声で清水さんを諭す。はあい、と開き直って笑顔の清水さん。私は壊れた木魚のおかげで倉庫に閉じ込められっぱなしを免れたわけだ。清水さんのわかりやすい思考と行動、そして精神的な明るさにかなり助けられた。 「清水さん、これ、ありがとうございました。風邪引いちゃいますから着てください」  清水さんから借りて羽織っていたジャンパーを脱いで清水さんに着せ掛ける。足に掛けてもらった伊織さんのジャンパーも返そうと差し出すと、 「外は雨ですから、会館に戻るまで着ていてください。そろそろお戻りの準備もあって忙しい時間ですよね。ひとまずここから出て、藤原さんに連絡しましょう。捕まってください」  伊織さんは私に手を差し出した。清水さんも、躊躇うことなくこちらに腕を伸ばして言う。
/470ページ

最初のコメントを投稿しよう!