10.扉の中と胸の内

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「そうだったの……やっぱり危ないわね、あそこのドア。こんな事件になったなら、お金うんぬんの問題じゃないわ。お客様がうっかり閉じ込められても大問題だし。私、ちゃんと修理するように部長に話してみるわね。西宮さん、お腹空いたでしょう。お迎えは私たちで何とかするから、今、上でご飯食べちゃったら?」  藤原さんがキリっとした顔つきでそう言ってくれた。 「あと少しですし、大丈夫です。終わったら、ちゃんと食べますから」  心配をかけたうえに、仕事をさぼるわけには行かない。話を聞いていた末広さんも、うんうんと頷いてくれる。 「先輩が働いてるときに食べても味せえへんやろ」  それはそうね、と藤原さんは苦笑し、私はこのままお迎えをすることになった。他の配膳スタッフさんも、「お膳の汁物が余ったらあげるわよ」などと声を掛けてくれる。行方不明になって迷惑をかけたのに、みんなの優しさが心に沁みた。  ただ……次に山路さんと一緒に仕事をすることだけが、気が重い。  伊織さんは階上で待つ琴峰部長に会館に戻った旨の連絡を入れる。ほぼ同時に、道路の先を睨んでいた駐車場スタッフが大きく手を振った。 「お帰りです!」    もう少し倉庫を出るのが遅ければ、お迎えに間に合わなかったかもしれない、と思うと、伊織さんの洞察力と、行動の速さに感謝してもしきれない。  玄関前に整列して深いお辞儀の姿勢を取る。ハイヤーが止まった気配で顔を上げ、お客様の持つお位牌などを預かるため、ドアを開けに行く。その視界の隅に、木魚を抱えたまま、そーっとその場を離れる清水さんの姿が見えた。 「お疲れ様でございます! どうぞ、こちらでお手水をお使いください」  わらわらと降りてくるお客さんがスムーズに進めるよう、声を掛ける。さすがに火葬場まで同行すると、朝の時点では元気だった方も、疲れの色が滲んでいる。そうかと思えば、火葬場ですでにたくさんお酒を召し上がってしまい、足元のおぼつかない方もいる。  お一人ずつの顔色をよく見ながら、ご案内しているうちに、倉庫での寒さも焦りも、いつの間にか消えていった。
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