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普段よりもびっしりとお客様の入ったお斎会場の裏、パントリーの隅で遅い昼食を取る。
懐石弁当の給仕はただ並べるだけで終わらない。配膳のスタッフはお刺身を出し、ご飯を出し、続いてお吸い物、その合間に飲み物を補充し、と常にフル回転だ。
お吸い物を大きな鍋から注いでいた末広さんが、予備の汁椀を差し出してくれた。アツアツのおつゆは昆布の出汁がしっかり出ていて、持参していたコンビニのおにぎりが一気にランクアップしたように感じる。
おつゆを飲み、お茶もいただいて、すっかり身体は温まった。お腹も満たされ、ほうっと息をつきながら倉庫に閉じ込められていた時間を回想する。
じわっと胸の中に広がったのは「可笑しみ」だった。
木魚をこっそり探していた清水さん。
無茶な脱出劇を本気で成し遂げようとしたこと。
『無事でよかった』と安堵の笑みを浮かべた伊織さんの顔。
差し伸べられた掌が、大きく見えたこと。
「一周回って、良いハプニングだったのかな」
疲れた笑いを浮かべながら、独り言ちた。
もちろん山路さんの悪意は怖い。でもそれ以上に面白い冒険をさせてもらったなあ、という気持ちもどこかにある。
清水さんが先にいたり、伊織さんが駆けつけてくれたから助かったわけだから、もっと気を付けて行動しなければいけないけれど。
塞翁が馬、という諺のように、悪いことが悪いことばかりを連れてくるわけじゃないんだと、実感できる数時間だった。
「おつゆ、おいしいやろ!」
末広さんが、ひょこっとグラスを取るついでに声を掛けてくれる。
「はい、お出汁が最高です」
「お代わり、あるで」
汁椀に残っていたおつゆを、ぐっと飲み干す。
色々な経験をして、私もちょっと肝が座ってきたのかもしれない。
こうやって人間って強くなっていくのだな、と思いつつ、おつゆのお代わりをもらうために立ち上がった。
<10.扉の外と胸の内 了>
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