11.月のない夜にも

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 十二月に入ると、もうすぐ今年も終わるのだな、という気分とともにクリスマスの過ごし方や、年賀状のデザインなどが気になってくる。  去年の私は薬局で、年末年始の薬剤が切れないように慎重に在庫調整をする日々だった。今年は、増え始めたお通夜の予定にスケジュール帳が埋まっていく。 「冬は本当に体力勝負よ」  一緒に退勤の打刻をした藤原さんは、明るいグレーのロングコートを着込んでいる。胸元には濃いパープルのストール。初冬らしいスタイルがよく似合っている。 「これから件数が増えるんですね」  清澄会館の通用口を通って、表の通りに出る。春はピンクの花を付ける桜の並木は、赤く色づいた葉がわずかに残る。青空へひゅるりと冷たいつむじ風が吹くたびに、乾いた音を立てて、次々に落葉する。 「そうよー。そのうえ、そもそも私たちって、勤務時間が不規則で、食事も食べられない時があるでしょ? 自分が体調を崩すことがあっても、よほどのことがない限り、穴は開けられないからね」  件数が増えるということは、葬儀アシスタントのスタッフはみんなそれぞれの手が塞がっているということだ。誰かが倒れた場合、替わってあげたくても、自分の仕事があるから代打に立つことは叶わない。これまでよりも、睡眠や栄養をしっかり取らないと冬は切り抜けられなさそうだ。 「あっ、そうそう、西宮さんに、お薦めのサプリメント持ってきたんだった」  藤原さんは、トートバッグから緑色に英字で何やら沢山書かれている小さな包みを取り出した。大きさはインスタント麺の粉末スープくらい。それが五袋連なっている。藤原さんはそれに手書きメモを添え、クリスマス柄のフリーザーバッグに入れてくれた。 「これね、野菜と海藻を八十種類くらいブレンドした酵素の粉末なんだけど、免疫力を高めてくれるんだって! お味噌汁に入れてもいいんだけど、私が考案したドリンクのレシピを入れておいたから、飲んでみて」 「えっ、レシピ、オリジナルなんですか?」  こんなに忙しいのに、手書きのレシピまで作るなんて、やっぱり藤原さんはすごい。こういう細やかな気遣いができるから、仕事でもお客様から信頼されるのだろう。  ありがたく酵素を頂戴して大事に仕事用バッグにしまう。疲れが取れやすくなるといいな、と小さな粉末にすでに期待してしまう自分がいた。
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