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「さまざまな品種を、少しずつ時期をずらして撒いたのでしょう」
叔母は何年か続けて、実験をした。そして今年、成功する見込みができた。だから、あの年賀状を年末にしたため、みんなに送ったのだ。
「寒い時期に……こんなことするから、風邪ひいたんだよ」
まーちゃんのバカ。
「きっとみなさんを驚かせたかったんですね」
額をくすぐった風が、くるくると空に昇って行く。
きっと万里江ちゃんは最後まで、みんなをびっくりさせてやるぞ、と意気込んでいたに違いない。
「伊織さん、どうして向日葵が咲いていると思われたんですか?」
窓の縁に座って、伊織さんを振り返る。はい、と伊織さんは正座して、
「お打ち合わせの際に、夏のお花が好きだとお聞きしました。向日葵のほかにも、百合や紫陽花もお好きだと。そして年賀状には、一緒にお花見をしましょう、と書いてありました。つまり、桜の時期に、ひとつ先の季節、夏の花を咲かせようとしているのか、と考えました。百合や紫陽花は温室でも育てられますが、桜との対比を考えると、美しさに欠けます。それに、何よりの決め手は」
「咲く時期を調節できること、ですね」
先程までの話を振り返って私が言った。
「もちろん、それもあると思いますが、一番は、小日向様に名前と外見が似ているからかな、と」
伊織さんの言葉に、お茶を啜っていた小日向さんがむせる。
なんだか納得。
私もときどき思っていた。万里江ちゃんが小日向さんを選んだのは、小日向さんの名前や髪形が、大好きな向日葵に似ているからじゃないかって。だから、その特別な花を、桜と同時に咲かせたいと思ったとしても、まったく不思議はないのだと。
「伊織さん、どうして、そこまでしてたかが一枚の年賀状の文章について考えてくださったんですか?」
父が尋ねた。私もそう思う。
すでに息絶えた人の過去の言葉。ちょっと不思議だけれど、特段大きな秘密とも思えないようなことを。
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