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父が間に割って入ろうとする。
「いいえ。ですが、全ての故人様の謎は、私がいくら頑張っても解けないでしょう。ご安心ください、というのも可笑しいですが。それに……葬儀屋が悲しみに染まっては、御葬家様のお手伝いができません。私たちは、悲しいと言う気持ちをしっかりと胸の奥にしまって、勤めております」
伊織さんは、それでは失礼いたします、と深く一礼し、玄関を出て行った。
身から出た錆びではあるが、私は少し落ち込んだ気分になる。
だってじゃあ、伊織さんが悲しい時は、どうするんだろう。それでも微笑んで、謎があったらそれに挑むというの?
「さて、夕飯はどうする?」
父が太平楽に伸びをする。仕事に戻る気をすっかり失くしてしまったようだ。
「ここで、お酒を買ってきて、花見酒はいかかですか。まーちゃんも一緒に」
小日向さんが言う。
「じゃあ、家に車を置いてきますよ。輪花はどうする」
「ここにいてもいいかな?」
「好きにしなさい。では、後程」
父も出ていくと、私は小日向さんとふたり、桜と向日葵の咲く庭に向かって座った。
春風の中、お線香の匂いが漂う。
「今頃、旅の途中なのかな」
昨日の旅支度を思いだす。杖をついて、編笠を被って、天国までの旅をしている万里江ちゃん。
「転んでないかな」
「ドジだからなあ」
「でもまだ、案外、すぐそばにいるかもよ」
「そうかもねえ」
桜の花を透かして仰ぐ空は、澄んだ深い深い青。
もうすぐやってくる、沢山の花の季節を。
私はこれからも、あなたと重ねてゆく。
<あなたのいた季節 了>
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