11.月のない夜にも

46/52
前へ
/544ページ
次へ
 緊張がとけると、全身を包む冷気の強さがやってきて、慌てて肩をすぼめる。  出棺準備と並行して受付の片付けはほぼ済んでいたので、町会さんや一般会葬者の方に、お忘れ物や返礼品の引き換え忘れがないかのお声掛けをしながら、さりげなく建物の中へと駆け込もうとする。  後方で、すみません、と天野代表が伊織さんを呼び止めるのが見えた。何やら立ち話が始まったけれど、私は急いで本堂の片付けへ戻らなくてはいけない。  あとから伊織さんに聞くこともできる。ひとまずは本堂へ……と上がっていくと、清水さんの叫び声が聞こえてきた。 「うわっあちち!」  もしや、と駆けつけると、式場の片隅に寄せておいた焼香炉に触ってしまっていた。香炉に炭を入れるのが遅くなったせいで、普段ならすでに消えかけている時間だけれど、まだまだ勢い盛んに燃えていたらしい。  消えかけのものなら、灰に埋めてしまえば自然に消える。  でも今日はまだ少しタイミングが早かった。    かつて、燃え盛る炭を埋めたものの、熱で蓋替わりの新聞紙に火が付いて他の道具に燃え移り、移動中のトラックから小火(ぼや)が出た、なんていうエピソードは、大ベテランの権藤館長の笑い話だ。 「清水さん、大丈夫ですか?」  私が駆け寄ると、火傷をした人差し指をぶんぶん振って、清水さんは苦笑した。 「マジあっちぃっす。気を付けたほうがいいですよ」 「私、やります! あと冷やすおしぼりも持ってきますね」  給湯室へ取って返し、昨日お料理屋さんが残していったおしぼりの残りから一本もらって、清水さんのところへ持っていく。
/544ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1695人が本棚に入れています
本棚に追加