2.ひとり、ふたり

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 せっかく薬剤師免許持ってるのに、高卒から募集している仕事するわけ?  時給1200円で、今の家賃払えるわけ?  しかもお葬儀が毎日あるわけじゃないなんて、不安定すぎる。  朝から晩まで立ち仕事のサービス業をこなす体力ないでしょうが。  恋なんて一時の気の迷いだったらどうするの。  そもそも葬儀屋に恋するなんてありえない。  なんなの、その伊織ってやつ!  ……てな調子で、すっぱりと一刀両断。遠慮なく切り込んでくれるから、私も気持ちを出しやすい。  ただ私の反論は、    節約するし、体力はそのうち備わるだろうし、恋も理由のひとつだけど仕事そのものに魅力を感じている。  というなんだか取って付けたようなものになってしまい、話せば話すほど、菜々子は苛立ちを見せた。イライラは伊織さんへの嫌悪になり、最終的には『輪花をたぶらかした悪徳葬儀屋』と言い出す始末。  話疲れて菜々子はふて寝。私は気まずい思いでベッドを拝借し、今に至る。  でも、話したことですっきりした。  ぐっと背伸びしながら、カーテンを開け、日差しを浴びる。  いくら菜々子に強く言われても、葬儀アシスタントになってみたい気持ちは変わらなかった。  伊織さんにもう一度会いたい。一緒に組んで仕事が出来たら、それで私は幸せだ。  目標は、藤原さんみたいに、悲しみにくれる葬家をやさしく励ませるスタッフ。  今の薬局勤務も、お年寄りや小さい子連れのお母さんたちと会話ができて楽しいけれど、一瞬で役目が終わってしまうことに少し空しさを感じることも多い。  お葬儀のスタッフならもう少し長く、心を込めて接することができそうだし。  転職サイトから応募すると、あれよあれよと書類選考が通り、面接も合格した。  勤務開始は5月から。  薬局の店長には、辞めると告げた瞬間、「好きです」と告白されてしまった。  申し訳ないけどお断りしたので、後には引けない。  それに、この伊織さんに対する気持ちは今までの恋と何か違う。  菜々子の出て行ったドアを閉め、よいしょ、とユキサブロウを抱き上げる。 「なんだか、玉砕するのが目に見えてる、というか」  と空しくひとり呟く。あれだけ頭がよくて仕事熱心な人に私が釣り合う気がしない。  でもその一方で、どうして葬儀屋をやっているのか、伊織さんが心に仕舞っている悲しみとは何なのか。  気になって、眠れない日もあるくらいだ。  昨日は寝てたくせに、という顔をして、犬のつぶらな瞳がこちらを見上げる。  ユキサブロウの言う通り。菜々子に話したらすっきりして、久々にぐっすり眠れた。  空っぽになってすっきりとした頭に、ふっと夢のなかの伊織さんの姿が蘇る。  孤独な人なのではないか。  そう考えると、なんだか心の底がひりひりするのだ。
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