2.ひとり、ふたり

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 そんな想いをこじらせること数週間。  世の中はゴールデンウィークに入った。  お葬儀屋さんに休みは無い。さすがにお正月の三が日はお葬儀はないけれど、ご遺体をお迎えにいく仕事はあるそうだ。  アシスタントの私は、お通夜と告別式のある日が出勤日。  勤務地はお葬儀専門の会館を転々とする。  制服での通勤は禁止。支給された制服と靴を持っての移動が結構大変そう。  入社日の5月1日は『なごみ典礼 清澄会館』でお通夜のアシスタントをすることになった。叔母である万里江ちゃんのお葬儀をした場所であり、初めて伊織さんと出会った場所だ。  あまり派手な格好での通勤はNGということで、パステルイエローのカーディガンと黒いスキニーパンツで出勤した。事前に教えてもらっていた裏口から入る。といっても、非常階段だ。お式があるときは施錠が外され、スタッフの出入り口になっている。  まずはお通夜の料理などを準備するパントリーへ。 「おはようございます」  なるべく明るい声で挨拶をして入る。と、ドアの向こうに、肌色の巨大な塊が! 「んん? 新人さんやん。ノックしてやー」  巨大な塊がむくむくと膨らみ、布を被った。すぽん、と顔が出てこちらを向く。  まんまるのおばさんが、着替えていたみたいだ。 「あんたも早よ着替えんと。タイムカード押せなくなるで」 「あ、はい」  こ、ここで着替えるのか。鍵がかかっているわけでもないから、あんまり露出したくないなあ。高校のときに教室でジャージに着替えたのを思い出す。  関西弁のおばちゃんは、 「配膳担当の末広八重子です。ここでは古株や。あんたは?」  とパウダーを顔に塗りたくりながら訊く。丸い顔が白くのっぺりと塗りつぶされていく。 「西宮輪花です。よろしくお願いします」 「ヨネさんが研修担当する子やね。ヨネさんは厳しい人やからなあ。いけず(・・・)されたらすぐ言うんよ」   「あ、はあ」  ヨネさん、という人が教えてくれるらしい。藤原さんじゃないのか、と少しがっかり。しかも怖いみたいだし、大丈夫かなあ。  不安な気持ちで制服に着替える。ダークグレーのジャケットにスカート。インナーは普通の白ブラウスにグレーのネクタイ、と、とってもシンプル。  ネイルも禁止、アクセサリーも禁止。靴は黒のパンプスのみ。  髪を整えていると、パントリーのドアが開き、つかつかとヒールの音が響いた。  末広さんが振り向く。 「ヨネさん、おはようさん。研修の子、もう来とるよ」 「知ってるわ」  冷たい声の持ち主と目が合う。 「あなたの研修を担当する米原(よねはら)彰子(しょうこ)です。1階で待ち合わせって聞いてなかった? 10分も待ったのよ」
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