2.ひとり、ふたり

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「はい」  となるべく背中が真っ直ぐになるようにお辞儀をする。 「手は前に自然に組むの。角度はもう少し深く。そう、そのくらい。重ねた手は右手が下。いいわね」  はい、と言われたとおりに直す。手の重ね方も決まっているのか。想像以上に立居振舞に気配りが必要そうだ。 「お疲れ様です」  凛と通った声が、エレベーターの方から聞こえてきた。はっと顔をあげると、二人の人影。すらりと背が高く紙袋を片手に下げているのが忘れもしない、伊織さん。そしてその後ろに小柄で負けん気の強そうな青年が、同じ紙袋を両手に下げている。 「伊織くん! お久しぶり! 元気だった?」  米原さんが声をワントーン高くして彼の方へ駆け寄った。ええー米原さんも伊織さんのファンなの? わ、分かりやすいなあ。  後ろの青年は、 「お疲れ様です、米原さん、もう式場ってチェックしました?」  と不安げに声をかける。 「それなら西宮さんと一緒にやります。それより伊織くん、また痩せたんじゃない? ちゃんと食べてるの?」  青年をあしらい、米原さんは伊織さんの方へ歩み寄っていく。 「食べてますよ。じゃあ、移送にいくのでこれで」  紙袋を廊下に置くと、伊織さんは米原さんから逃げるように身を翻し、エレベーターを呼ぶ。ああ、そんな。私、挨拶もしていないのに。   「あ、あの!」  必死の想いで声を振り絞った。米原さんが横で嫌な顔をする。閉まりかけたエレベーターの扉越しに、伊織さんが手を振った。  「ああ、西宮さん! 挨拶が遅れてごめんなさい。頑張って」  うぃーんと無情に閉まるドア。でもその隙間から、見えた伊織さんの微笑みで胸が満たされる。よかった。元気そうだし、この前みたいに暗い雰囲気は無かった。  うん、頑張ろう。 「なに、今の! 謝るのはあなたよ。伊織くんは忙しいのに呼び止めて」  米原さんが声を尖らせて言う。 「すみません」  しおらしく頭を下げておく。反抗しても何一ついいことはないだろう。 「ほら、清水くんにも挨拶して!」  (つつ)かれて、宜しくお願いします、と頭を下げた。 「今日の担当の清水っす、宜しく! あんたのとこの葬儀、会葬客が爆発して来て大変だったんだって?」  清水さんは嫌な空気を消すように、二カッと笑顔を見せた。短い髪を整髪料でツンツン立てて、ちょっといきがっている風だけど、悪い人じゃないみたい。 「はい、伊織さんと藤原さんにお世話になりました」 「今日も結構うるせージジイがいっぱい来るから。よろしくね」  うるせージジイ……。会葬者のことだとしたら、ちょっと口が悪くない?  そう思いつつ、米原さんと一緒に式場の前に降りていく。  故人のお写真に手を合わせ、座席の確認。右側の最前列に座るのは、故人の奥様と三人姉妹、とのこと。式場で棺のそばに立ち、会葬客に挨拶しているのが和装の奥様、つまり喪主。しもぶくれで愛嬌のあるお顔。50代くらいに見える。  そしてすぐそばに二人、女性がいる。どちらも20代半ばだろうか。お一人は、お顔が喪主様にそっくり。彼女がご長女様だろう。もう一人は同じくらいの背格好。丸っこい鼻の形が故人そっくり。 「お父さん……」  と棺に向かって呼びかけているから、彼女も娘。ご次女様かご三女様だろう。 「ちょっと嬢ちゃん!」  紺色のお揃いのジャケットを着たおじいさんたちが10人ほど、受付のスペースにわらわらと集まっていて、私たちに手招きをした。
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