1534人が本棚に入れています
本棚に追加
/470ページ
「ほ、本当に、申し訳ございませんでした!」
震える手で茶托を差し出す。今は通夜式のあと。冷房効きまくりの小さな控室で、半襦袢姿のお寺様に平謝りしているのは、小一時間前の大失敗が理由だ。竹細工の茶托の上には涼しげなガラスの器に入ったアイスグリーンティー。氷がからん、と鳴る。
「ははは。いやあ、ザルを空振ったのは初めてでしたよ」
と梅干し顔の御住職が、力なく笑う。ううう。お優しい方だけに、余計心が痛む。
ちなみに、『ザル』はお経をあげるときに叩く、大きな鐘のこと。大リンと呼ばれることが多いけど、別称が何種類かあるそうだ。
そんな薀蓄以前に、私がやってしまった失敗は。
仕事ひと筋だった和菓子職人のおじいさんのお葬儀に、親族が50人も参列。小規模の葬儀がメインターゲットの清澄会館は結構せまい。一般会葬も同業者や常連客で開式前からごった返したため、御対面用のスペース確保をしようと大リンを式場の隅へ。
そのまま、元に戻さずに開式してしまい、住職は経机に準備されていたバチを振り上げ、ゴーン、となるはずだったところが、ゴスっと机の彫刻を打ち砕いてしまったのだ。
50名もの親族のどよめきたるや。
もちろん、すでに喪主様、および親族の方には丁重に担当者からお詫び済み。
ただ、「御住職にはまず自分で謝って来い」、と担当者に言われてお茶を運びがてら、謝罪に来た、というわけ。
「誰にでも失敗はありますから。明日は副住職が来るから、ちゃんと準備してあげてね」
穏やかに言われて、はい、としっかり頭を下げた。
季節は移ろい、今は7月。
研修期間を早く終わらせたくて、毎日毎日、お通夜と告別式をこなしてきた2ヶ月間。些細なミスはあったけど、米原さんにいびられながらも、割とそつなくこなせていたと自負していたのに。
米原さんからは冷たい視線を浴びるし、パントリーへ引っ込めば配膳の末広さんから、
「ドジは死んでも治らへんからなあ。よう確認しぃや。確認、確認、また確認。それしかないで。ほれ」
ほい、と豚肉料理のタッパーを渡される。
「角、煮ん」
ダジャレかあ。はあっと気が抜ける。薬局勤務のときは確認もしっかりできてたのになあ。バラバラと細切れに仕事が降りかかるお葬儀の現場が悪いのか、私の要領の悪さが露呈しているのか。
「西宮さん、本社から電話よ」
角煮をお箸で持ち上げたタイミングで、米原さんが呼びに来た。
仕事の依頼は大抵午前中。こんな時間に電話がかかってくるなんて、まさか、今回の失敗がすでに伝わって……解雇とか?
青ざめて事務所へと向かう。
最初のコメントを投稿しよう!