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カーテンが揺れる。
差し込む陽射しで教室はほんのり朱色に染まる。
「好きなんだよ。まどかのこと」
「佐々木くん」
「俺と……。つきあってくんね?」
まどかが上目づかいに俺を見る。
彼女が転校してきて半年。自分の気持ちに気がついてから三ヶ月。
いよいよ。運命の時が来る。
「佐々木くん。よく聞いて」
ゴクリと喉が鳴った。
「私はいろいろごまかしている」
「いろいろ」
「年齢とか」
「まどかが俺よりお姉さんだからってなに?」
「お姉さんか。甘美な響きだ」
「俺は全然気にしねぇよ」
「国籍も」
「モーマンタイ、マイペンライ、ケンチャナヨ」
「それは一体?」
「大丈夫だってこと!他には?」
「性別も」
「え?まさか男の娘!」
その一線は超えられない。
落胆が顔にでたのか。まどかは「そういうのとは違う」とほくそ笑む。
「まどか。駄目なら駄目って」
「佐々木くんの気持ちは嬉しいよ」
「それなら」
「宇宙人なんだよ。私」
驚いた、というより……。哀しかった。
こんな見え透いたウソをついてでも俺とはつきあいたくないんだな。
そう思ったら視界がぼやけた。
彼女を引き寄せ抱きしめたのは、泣き顔を見られたくなかったからだ。
「それがどうしたっていうんだよ」
黙っていたら涙がこぼれてしまいそうで、思いついた言葉を投げつける。
「宇宙人でも、吸血鬼でも、まどかだったら俺はいいよ」
それは本音というより、やけっぱちだっただけだ。
「ホントにいいんだね」
彼女の髪を優しくなでる。
「佐々木くんより、うんとおばあちゃんの宇宙人だよ?」
「宇宙で一番幸せにするから。俺とつきあってくれるよね?」
耳元でそうささやくと、彼女は俺のワイシャツを握りしめてきた。
逆転勝利を確信した瞬間だった。
地球から何万光年も離れた星から来た宇宙人。
時間の流れ方が違うから高校生に見えるけど、実際には117年も生きている。
高度な科学技術に裏打ちされた超管理社会に嫌気がさして、彼女は90歳の時、星を飛び出した。
宇宙をほうぼう旅をして知的生命体が生息する星を探した。
自分が自分でいられる星を探して。
地球に降りたのは100歳の時だ。
それから17年。
「別の星を探すべきかもしれないなって思い始めた頃だったんだ。佐々木くんに会ったのは」
つきあって半年が経ち、俺らが初めて互いを受け入れたその夜に、彼女は始まりからの全てを俺に話してくれた。
それが彼女の「設定」なんだと俺は理解した。
隠しているのか、忘れているのか。
彼女が被った辛い出来事を塗りつぶし、二度と見ないようにするための「設定」なんだと、俺は思った。
背後からまどかを抱きしめて、その肩先にキスを落とす。
「俺のおかげだな。ようやく星が見つかったのは」
「星は見つかってないんだよ」
もぞもぞと体を動かして、まどかが俺に向きなおる。
「自分が自分でいられる星なんて、宇宙のどこにもなかったんだ」
「まどか」
「探すべきだったのはね、佐々木くん。人だったんだ。一緒にいると自分のままでいられる人」
そう言ってまどかは微笑んだ。
彼女の「設定」を壊さなければ、俺たちはこの先もうまくいく。
そう思ったから「100歳年下の宇宙人の彼氏」の役をなにも言わずに受け入れた。
「設定」を除けば、俺たちはありふれた若い恋人同志だった。
学校帰りのマクドで何時間もとりとめもない話をしたかと思えば、些細な事でケンカして、一週間連絡を取らない事もあった。
一緒に高校を卒業し、違う大学にそれぞれ通い、売り手市場の就職戦線を励ましあって乗り越えた。
出会って8年が経過した。
お腹周りがだらしなく緩み、顔の毛穴は大きく開き、髪に白い物が混じり始めた俺と違って、まどかの外見は以前とまったく変わらない。
童顔なんだ。そう思う事にした。
「来ないんだ」
なにが?先週Amazonで買ったDVDが?そう言いかけて気がついた。
「パパになるのか?俺」
「うん」と、まどかはうなづいた。
「そうか……」
嬉しくなかったわけじゃない。
でも実感がなさすぎて気持ちがついてこなかった。
親ってのは、もっとしっかりとした大人になってからなるものなんじゃないんだろうか?
経済的に自立したばかりの俺がなっていいもんなんだろうか?
「佐々木くん?」
不安そうなまどかの声が、俺を現実に引き戻す。
とりあえず今は俺の気持ちより彼女を安心させてやるのが先だ。
「ありがとう。まどか」
彼女を両腕で抱きしめながら、これからの事に思いを巡らす。
部屋のこと。彼女の仕事の事。なにより……。俺たち2人のこと。
「週末、空いてるよな?」
「空いてはいますが……」
「両親に報告しに行こう。俺たち、結婚しますって」
「結婚……」
「してくれるよな?」
「ふつつか者の宇宙人ですがどうぞよろしくお願いします」
「あ。そうか……」
「なんだい?」
「地球人初の宇宙人とのハーフかもしれないんだな。この子は」
そう言いながら、まだなんの痕跡もない彼女のお腹に手を乗せた。
少しだけ、自分が親になるんだという実感が湧いてきた。
まどかの事は「恋人」としてすでに両親に引き合わせてたから、2人とも驚いたりはしなかった。
父は「コイツはまだまだ頼りなくて申し訳ない」と頭を下げ、母は「そろそろかなって思っていたの」と目を細めた。
お腹が目立たない内にささやかな式をあげることを取り決めて、その日の夕方、新幹線で帰宅の途についた。
その車内だ。まどかは倒れたのは。
「お客様の中でお医者様の方がいらっしゃいましたら2号車までお越しくださいますよう、お願いいたします」
場内アナウンスが響く中、俺にはまどかの手を握りしめる事しかできなかった。幸い、ベテラン看護婦と研修医が乗り合わせていて、適切な処置してくれて、まどかはすぐに意識を取り戻した。
品川駅で途中下車して「ちょっとした乗り物酔いだから」と、嫌がる彼女を強引に病院へ連れていった。
メディカルチェックの結果「数値は全て正常です」と告げられて、安堵したのもつかの間。
「気になる事があるんです」と担当の医者は切り出した。
その医者はレントゲンの画像に写った星形の影を指し示して「これがなにか分かりますか?」と尋ねてきた。
医療を志した事がない俺に判るわけもない。素直にそう答えた。
「じつは私にも判らないんですよ」
この医者はなにを言いたいのだろう?
「いや、私も医師としてそれなりに経験を積みましたけどね。こんな器官、見た事がないんですよね」
「……。たとえば老廃物が溜まったものとか」
「違うでしょうね。見てください。コイツから細い管がスッと伸びて、肝臓に繋がっています。なんらかの器官である確率が高いです」
「なんの……」
「それがわからない。そしてこれがね。どうも肥大してる気がするんですよね」
「肥大……。ですか?」
「もともとはもっと小さかったんじゃないのかなと。それがどんな理由かは判りませんが膨張してきて周囲の器官を圧迫してる。もしかしたら、今回の体調不良はそれが原因かもしれません。しっかしホント、これは一体何なんだろう?」
医者も知らない謎の器官のことを、当のまどかは知っていた。
「そうなのか。地球人にはないんだね」
倒れたことなど忘れたように、夕飯に買った弁当を食べつつまどかは言った。
「設定」ではなく……。彼女は本当に宇宙人なんだ。
俺はようやく理解した。
「ごめんな」
「いきなりなんだい」
「俺……」
出会ってからずっと。俺は君の言うことを信じてなかった。
そう告白し、許しを乞うには、重ねた月日が長すぎる。
あまりにも長い間、俺は彼女の事を信じなかった。
今さらなんと言えばいい。
俺はうつむいたまま、言葉を続けられないでいた。
「お医者さんは、肥大してるって言ったんだね」
「え?あ。あぁ。それが体調不良の原因かもしれないって」
「まぁ十中八九、そうだろうね」
「なんか知ってるのか?」
「知ってる。一般的な病気なんだ。ウチの星では。風邪……は言い過ぎかな。盲腸みたいなもんなんだよ」
「なら!治るんだよな?」
「特効薬はある」
だよな。盲腸だもんな。ちょっとした手術で完治するよな。
「ウチの星ではね」
そうだった。まどかの星は地球よりも数段進んだテクノロジーを持っているのだ。彼女の星では簡単に治療できる病気でも、地球の技術では……。
「地球の技術じゃ難しいってことか?」
「それもある」
「それも?もってなんだよ?他になにがあるんだよ!」
「むしろ無いのが問題なんだ」
「あるっつったり、ないっつったり。よくわかんねーよ」
「私の体に存在する大事な器官が、地球人にはないんだよね?」
ようやく俺は彼女の言わんとする事を理解した。
自分たちの体にないものを治療する薬は、おそらく存在しない。
彼女の病を治す術は、地球にはない。
つまり彼女は……。
激しく視界が揺れた。荒波の中航海を続ける船の上にいるようだ。
右へ左へグラつく体を支えるために、両手で顔を覆う。
納得できなかった。
発症してもほとんどが完治する盲腸のような病気のために、俺は大切にしてきた彼女を失うことになるかもしれない。
生まれてくる我が子を失うことになるかもしれない。
彼女が俺と違うから。彼女が宇宙人だから。
冗談じゃない。何もしないで俺の幸せを手放すことは考えられなかった。
「まどか」
「なんだい?」
「地球にはどうやって来た」
「前に一度話したよね」
「もう一度聞きたいんだ」
「佐々木くん」
「あの時は……」
「ウソだと思ってたから?」
「……ごめん」
「逆の立場なら私も佐々木くんの言うことを信じない。信じてるフリを続けてくれるだけでもいいやってずっと思ってた」
飄々とした物言いに、思わず噴き出してしまった。
「で?なんだっけ」
「地球には」
「どうやって来たのかだったね。UFOでヒューンっと」
「だったか?」前に聞いた話と違う気がする。
「ウソ。転移装置を使ったんだよ」
「テレポーテーションみたいなもんだよな」
「どこでもドアのが近いかな」
「そいつはまだあるのか?」
「あるというか、作ることはできる」
「なら!」
「燃料がないんだ」
「燃料」
「車ならガソリン。電車なら電気。なんにだって燃料が必要だよね。転送装置にもいるんだよ燃料が」
「その燃料って」
「佐々木くん!つまり行くつもりなんだね。私の星へ」
力強く頷いた。
何万光年離れてようと、彼女はこうして俺の元へやってきた。
俺が行けないはずはない。
宇宙のどこかに彼女の病気を治す手段があるなら、俺はどこへだって行くつもりだ。
俺たち家族の幸せのために。
完
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