百年の絆

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 野球の試合のチケットが取れたから行かないか、と同じアパートメントに住む弥彦から誘いがあった時、賢斗は彼が野球好きだとは知らなかったからいささか驚いた。  なぜ好きなのか、教えてはくれなかった。  そもそも、弥彦はあまり過去の話も、好きなものの話もしない。ただ、兄が経営する銀行のサンフランシスコ支店があるから、そこで働いているのだと。賢斗はそれしか弥彦のことを知らなかった。  だが、お互い様だ。  賢斗も、弥彦に過去の話をしない。いや、できない。  記憶が、ないのだ。   言葉は覚えている。日本語と、英語。そして、「賢斗」という自分の名前。  両親のことさえ覚えていなかったが、鏡で顔立ちを見れば自分がハーフであることはわかった。「Kent」と表記すれば英語でも通じる名前に、自在に操れる二ヶ国語も、それを裏付けている、と思っている。  おかげで、サンフランシスコの町中に一人放り出されていても、生活には困らなかった。といえば過言である。一人では、とても無理だった。賢斗が衣食住を得ることができるのは、弥彦のおかげだ。  半年前、町外れで倒れていた賢斗は、バシバシと肩を叩かれ目を覚ました。 「Wake up, wake up! Are you OK?」  英語で声をかけられたが、賢斗が日本語で「ここは…どこだ?」と言うと、弥彦はひどく驚いた顔をした。 「日本人か?」 「うーん……そうだと思う……」  日本語が話せる。それだけで親近感が湧いたのだろう。聞けば、弥彦もサンフランシスコに来て日が浅いという。異国の地で出会う同郷の人間は、存在するだけでいくらかの安心感を与えるものだ。  弥彦は、自分の住んでいるアパートメントに空きがあるからと部屋の世話をしてくれた。さらには仕事の紹介まで。弥彦も勤める横浜正金銀行のサンフランシスコ支店だ。  右も左もわからなかった賢斗だったが、弥彦のおかげで今がある。  賢斗はこの半年程、自分が何者なのかを知りたい一心で、慣れない土地で懸命に生きていた。   
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