百年の絆

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 試合は、賢斗たちが応援するサンフランシスコシールズが勝利した。     「弥彦はさ、野球やってたのか?」  球場からの帰り道、賢斗は何気なしに尋ねた。 「いや、やったことはない」弥彦はきっぱりと言った。 「でも、さっき、やっぱり本場は違うって」  弥彦は、しまった、という顔をした。 「見たことくらいはあるさ。日本で。もっとも、今は『野球害毒論』なんていって目の敵にされているけどな」 「野球害毒論?」 「なんだ、知らないのか。まあ記憶がないなら無理もない。野球というのは、騙し合い、(ベース)の盗み合い。日本男児のやるべきスポーツではない、という論だ」  賢斗は驚きに目を丸くした。 「へーっ!日本人っていうのはいつからそんなに頭が固くなったんだ。まあ、どっちにしても俺には記憶がないから知らないんだけどさ」  あははっ、と冗談を飛ばしたことを賢斗は少しだけ後悔した。「野球害毒論」の話をする弥彦の表情は本当に悲しそうで、少し憤りを帯びていて。軽々しく茶化したことが、申し訳ない気持ちになった。 「なあ、弥彦!野球、やろうよ!逆輸入っていうの?やってみれば見るだけじゃわからないようないいところもわかって、いつか日本に戻った時にイメージを変えられるかもしれないし!」 「逆輸入?イメージを変える?またなんだかわかるようなわからないような」 「うーん、ほら、偏見があるわけだろ。それを払拭するっていうか……」 「無理だよ」  まだ話を続けようとしていた賢斗を、弥彦はピシャリと遮った。 「どうして?」 「メンバーが集まらない」 「銀行の皆を誘おうよ」 「銀行には、日本人はいない。野球は(ひと)チーム九人いるんだぞ」  「何も日本人にこだわらなくてもいいだろ。ボブとかエドなんか、学生時代にやったことあるとか言ってて」 「だから!西洋人と一緒にスポーツなんかやったところで、勝てっこないって言ってるんだよ!」  強い語調で声を荒げる弥彦を見て、ついに地雷を踏んでしまった、と賢斗はたじろいだ。が、今ひとつ附に落ちない。 「そんなのやってみないとわからないだろ。だいたい、勝てなくたって、楽しけりゃいいじゃんか」 「賢斗には、わからないんだ」 「なんでだよ」 「賢斗には、西洋人の血が入ってるじゃないか!」 「なんだよ…!そんなの関係ないぞ!」 「賢斗」  弥彦は、声のトーンを落として賢斗の名を呼んだ。 「野球は、見るだけで充分だよ」  弥彦はニカッと微笑んだ。だが、それはひどく悲しそうだった。
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