百年の絆

8/11
前へ
/11ページ
次へ
 大学の卒業旅行も兼ねて、サンフランシスコに住む祖父の家を拠点に、バイクであちこちを回っていた。  海沿いを走っていた時、強い風に煽られ、コントロールが狂った。  一度止まらなければ。そう判断し、急ブレーキをかけたら見事に体が空に投げ出されてしまった。  記憶は、そこで途切れたのだ。  目を覚ますと、心配そうな顔をした弥彦の姿が目に入った。 「弥彦……?俺、気を失ってた……?どのくらい?」 「三十分くらいだ。このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ったぞ」  頭には、いつの間に用意されたのか、濡れたタオルが置かれていた。 「立てるか?」  弥彦の手を取り、賢斗は立ち上がった。 「無理するな。お前はもう棄権して……」  弥彦の言葉を遮って、賢斗は「いや」と首を振った。 「棄権はしない。大丈夫だ」  賢斗の知らぬ間に、試合は進んでいた。  九回裏。相手は六点を入れていた。対する賢斗・弥彦のチームは五点。  二点入れなければ、勝ち目はない。  その状況下で、順番は賢斗に回ってきた。  ワンナウト。一塁には弥彦がいる。  記憶を取り戻した賢斗には、勝算があった。  ほとんど賭と言ってもよかったが、それでも勝算があったのだ。  ピッチャーが投げたボールを、賢斗は打たなかった。代わりに、バットで「ポン」と音を立ててボールを当てた。バントだ。  バントをすればツーアウト。弥彦だけならホームベースに送り込めるが、同点になるだけだ。  だが、賢斗は走り出した   弥彦も、同時に走り出す。  その背中に、賢斗は叫んだ。 「いっけええ!!三島天狗(みしまてんぐ)!!」  弥彦は一瞬驚いたような顔をしたが、次の瞬間さらに目を見開いて心底びっくりしたような顔をした。  後から走ってきた賢斗が、弥彦に追いついたのだ。  三塁まで走ったところで、ようやくボールが二塁の守備に届いた。    野球で塁と塁を駆ける時、曲がることを意識して、ランナーは少しスピードを落とす。 だが、三塁を曲がりきった二人には、もうその必要はない。  二人は、全速力で走った。  もはや、野球ではなく百メートル走だ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加