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秀一は先程の女の笑顔を見て以来、不吉なものも感じていたし、こんな対面は慣れない事でもあったので不安に胸が波立ち、兎に角、落ち着かなくて、どきどきそわそわしながら辺りを見渡すと、レンガタイル調のビニール壁紙が張り巡らされた壁には色んな額や壁掛けで以て、採光の行き届いた吹き抜けの天井にはシーリングファンを始め色んな照明器具で以て、そして所々には諸々雑多な装飾品で以て、ふんだんに意匠を凝らしてあり、謂わば、俗に言うモダンな洒落た所ではあるが、彼にとってはここにある全ての物が西洋の猿真似であったり西洋かぶれであったり和洋折衷の失敗であったりする、紛い物、偽物、インチキに思えてならないのである。そんな折には、今の世で神経衰弱にかからぬ奴は金持ちの愚鈍な者か、無教養の無良心の徒か、さらずば二十世紀の軽薄に満足する表六玉に候という漱石の言葉が脳裏に浮かんで来て二十世紀初頭にしてそうなのだから上滑りな西洋化を極めた、若しくは変にアメリカナイズされた、二十世紀末葉の周りの客が案の定、押し並べて寛いでいる様子を見るにつけ軽蔑すべき俗物に思えてならず、懸隔感、違和感、不快感を覚え、心苦しくならずにはいられないのである。徒でさえ、そんな風に馴染めないのに咫尺の間に謎めいた馴染めないのと対しているのだから落ち着かない筈である。けれども、その馴染めないのとだけは親しんでみたい彼は、恐る恐るその顔色を窺ってみると、胸元に輝くシトリンの如く透明感の有る玲瓏たる瞳に魅了され吸い込まれそうになった。が、その奥に冷たい煌めきを感じ、エアコンの冷気も手伝って身震いして、「いやあ、中は流石に涼しいですねえ。」
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