けものフレンズ2-R3

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けものフレンズ2-R3

 朝、目が覚めるよりも先に、すぐ近くにともえが居ることを匂いで知る。イエイヌの胸は、それだけで幸せな気持ちで満たされて行く。そして目を開けば、目の前には穏やかな寝顔を浮かべたともえが居る。  そっと、ともえを起こさないよう、音を立てずにベッドから抜け出し、お茶を準備し、ジャパリまんを棚から引っ張りだす。その頃にはともえも起き上がり、おはようの挨拶を交わして、いつもの一日が始まる。  ともえがイエイヌの家に来てから、どれくらいだろう。とにかく、もうイエイヌにはともえの居ない生活など考えられなかった。誰も居ない家で、一人ぼっちで誰かを待ち続ける日々には、もう二度と戻りたくはない。  今にして思えば、もう一人のともえとも言うべきキュルルの気持ちが何となくわかる。ただ一緒に居たいと自分だけが願ってもダメなんだと。何だか自分が急に賢くなったような気がして、イエイヌは一人で照れ笑いを浮かべる。  「どうしたのイエイヌちゃん?」  「えへへ、何でも無いの。」  何気ない会話がこんなにも楽しいなんて、イエイヌは想像したことも無かった。  「ねえ、ともえちゃん。ご飯を食べたら出かけようよ。」  「え?どこへ?」  「遠いところ。うんとうんと遠いところまで一緒に、ね?」  何故だろう、イエイヌの目には、急に住み慣れた家の家具や壁が色褪せて見え始めた。あれほど、誰かと一緒にここで、この場所で暮らすことを心から願っていたと言うのに。今は、無性に外の世界を見たい。キュルルがサーバルやカラカルと今も旅しているのと同じように、ともえと一緒に、どこまでも行きたい。  ともえの居る場所が、自分の本当に居たい場所なんだとイエイヌは思った。  「でも…行くのは良いけど、どこに行こうかな?」  ともえが小首を傾げて言った途端、ともえの右腕に巻かれている、透き通ったガラスのようなものが嵌められている腕輪が突然、緑色の光を放ちながら喋り出した。  「ヤア、ボクハらっきーびーすとダヨ。じゃぱりぱーくヘヨウコソ。キミハ、ドコニイキタイ?」  二人はびっくり仰天して同時に言った。  「えっ!ともえちゃん、これ、喋るの?」「えっ!これ、もしかしてラッキービーストなの?」  怪訝そうな顔でともえを見つめるイエイヌに、ちょっと混乱した様子でともえが話しかける。「え?これ、イエイヌちゃんが巻いてくれたんじゃなかったの?てっきり、あたしが動けない間に着けてくれたんだと思ってたけど?」  ともえはイエイヌの顔を真っ直ぐに覗き込んだ。だが、イエイヌはきょとんとした表情を浮かべ、「動けない間」と言う、ともえが何気なく漏らした言葉にも反応しない。  実際のところこのバンドは、ともえがまだキュルルの意識を持っていた間に、かばんから贈られた物だ。だが、本人にはその時の記憶が無い。  ともあれ、ともえの方も大した問題ではないと思い直したか、話題はラッキービーストとは何かに移り、話はそれっ切りになってしまった。  「ともえハ、マエニぱーくニキタコトガ、アルネ。ライエンキロク、カクニンチュウ…」ともえと対話しながら基本的な情報を収集し終わると、リズミカルな音を立てながら、ともえが以前に訪れた場所などが検索されて行く。  「ともえちゃん、昔のことよく覚えてて凄いなぁ。」話を聞きながら、イエイヌが感心したように言う。「え?ああ、そっか、イエイヌちゃん知らないんだもんね。あたし、ずっとパークセントラルの病院でカプセルの中で眠らされていたから、色々覚えていても当然よ。」  「ふーん。」イエイヌはよく分からないながらも、思い当たる節はあった。センザンコウとオオアルマジロの探偵コンビに聞いたヒト探索の経緯。どうにも頼りない二人ではあったが、確かにカプセルを見つけたと言う話はしていたから、何となく、同じような物だろうとイエイヌは理解した。  実はともえの正体は、そのカプセルに長期間封印されていたアンドロイドである。さる大富豪夫婦の亡き一人娘の身代わりとして、サンドスターの力でフレンズ化した。だが、パークへのセルリアン襲来という事態を受け、外に出ると元の素体に戻ってしまうと言う事情から、両親と別れて一人パークに封印される事になったのだ。  こうして、思いもよらず長い期間、カプセル内で高濃度のサンドスターを浴び続けた結果、次に目覚めた時には、彼女の意識は上書きされリセットされてしまっていた。そして、それからあとの記憶は、キュルルだった時に自身がセルリアンに襲われた際、結果的に別個体として分離してしまっている。  こうして二人が話し合っている、まさにその瞬間のこと。  ともえとイエイヌが暮らすエリアから、はるか遠くにあるパークセントラル。時から忘れ去られたこの地の奥深いところにあるデータセンターに、ラッキービーストの通信網を介して、ともえに関するデータの問い合わせが飛んで行く。データは次々に照合され、過去へ、過去へと遡っていく。  何十年、いや、何百年と通電したことの無い装置が、次々に目覚めて行く。インジケーターの光がそこかしこに溢れるその様は、あたかも熱狂に包まれるコンサートホールの様。ただ一つ違うのは、そこには何一つ歓声も飛ばず、ただ無機質なメカニカルノイズだけが、誰も居ない部屋に響き渡っている。  やがて、一台の端末が息を吹き返し、画面に幸せそうな笑顔を浮かべた人影が映し出される。ともえと、その肩に手を置き、ともえを挟みこむように立つ、初老の男女。と、画像は不意に真っ暗になり、辺りに黒い霧のようなものが漂い始めた。と同時に、声のようなものが聞こえて来る。聞く者とて居ない部屋に、感情を伴わない声が響き渡る。  「記憶…どれほど焦がれようと、本来戻ることは無い…完全に…再現…会いたい…偽りでも…それでも…」  突然、全ての端末が沈黙した。そして、黒い霧が凝集すると、暗がりの中に、薄い緑色の光りに包まれた、一体の長い耳を持つ、フレンズらしき人影が立っていた。  静寂。と、その長い耳が不意に向きを変えた。彼女にしか聴こえない「声」を聞き取っているらしい。「ええ、ターゲットの事は把握したわ。まかせてちょうだい。」すると、また声が聞こえたらしい。だが次に口を開いた時、その口調には軽い苛立ちが混じっていた。 「どこに向かうかって?私は狩りのスペシャリストよ、見くびらないで欲しいわ。」  「ふふっ…面白いことに、なりそうね。」そう小さく呟くと、そのフレンズは高々と跳躍し、あっという間にホールから姿を消した。 ーーーーーーーーーーーーーーー  「データ、テンソウ、チュウダン。」ラッキービーストの声が告げる。「ともえノ、ぷろふぃーるハ、ケンサク、デキナカッタケド、タビノキロク、カイシュウシタ。」  それからともえとイエイヌは、ラッキービーストを交えて旅の計画をあれこれと立て始めた。話がすすむにつれ、あまりに興奮してしまったせいで、家の外を、二人の黒い鳥のフレンズが飛び去って行ったことに、二人のどちらも全く気づくことはなかった。  そして…  人気のない、荒廃したパークセントラルに悲しげな声が響き渡る。  「ふみゃあああ!ここドコぉ?」  自称「狩りのスペシャリスト」は、どうやらかなりのポンコツらしい。
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