『いま、探しにゆきます』

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 女というのは変わるモノだ。年を重ねる事による変化だけでなく、結婚、出産などの人生の節目で、自分の置かれた立場に合わせて変化する。付き合う男によっても変わるし、酔ったときの変貌ぶりも男より女の方が激しい様に思う。とにかく女というのは変わる生き物なのである。  それに比べて男というのは、愚かなほど変わらない。表面的には、社会に適合するため大人の振りをしているものの、心の中にはいつまでも少年が住んでいる。  ボクの旧友で『荒田 健一』という男がいる。彼は長年普通の大人として真面目なサラリーマン生活を送ってきた妻子ある人物だが、ある日、唐突に会社をリストラされてしまった事がキッカケで、心の奥底に眠っていた子供の頃の夢が輝きを取り戻してしまった。  先日、ボクの携帯に荒田から電話が掛かってきた。彼とは別々の高校に進んだ事によって疎遠になり、彼が北海道の会社に就職してからは、十数年まったく連絡を取っていなかったので、彼はボクの携帯番号を知らないはずだったのだが、荒田はボクの実家に電話して、携帯の番号を教えてもらったらしい。  彼は今、北海道からコッチへ戻って来ているので久しぶりに会いたいというので、今晩一緒に呑もうという約束をした。  ボクは旧友との再会をうれしく思い、ワクワクしながら待ち合わせ場所の駅前へ向かった。しかし、荒田は約束の時間になっても姿を現わさなかったので、10分ほど待ってから、昼間、着信のあった彼の携帯へ電話してみた。 「もしもし」 「荒田か? 今どこに居る? 早く来いよ、結構さむいよ」 「……さとし、……俺からさとしの姿は見えるゼ。俺のこと探してみてくれよ」     ボクはグルッと周りを見回してみたが、荒田の姿は無かった。 「どこに居るんだよ、わかんないよ。俺のこと見えてるんだったら、そっちからコッチへ来てくれよ」  しばらく沈黙した後、荒田は、 「さとし、俺のこと見つけてくれよ」と言い、一方的に電話を切った。  ボクは「何だよアイツ、訳分かんねえよ」とつぶやきながら、もう一度、さっきよりも入念に辺りを見回した。  しかし、やはり荒田の姿はなく、もう一度荒田の携帯に電話を掛けた。 「ヘッヘヘヘ、さとし。その手は喰わねーゼ。チャンとマナーモードにしてあるから、着信音で俺の居場所を探ろうったってそうはいかねー」 「なに言ってんだ、荒田。誰もそんなこと考えちゃいないよ。なにがしたいのか知らないけど、もういいだろ。早く俺ん所来いよ」 「へへへ、実はさあ、さとし、俺、子供の頃の夢を叶えたんだよ」  そう言った荒田の声は、明るく、何となくテレくさそうだった。 「子供の頃の夢? ……お前の、子供の頃の夢って……?」 「なんだよ、忘れちまったのかよ。俺の子供の頃の夢っていったら、アレしかねーだろ」  「……ま、まさか!」 「そうだよ、そのまさかだよ!」 「マジかよ、信じらんねーよ、本当に? 本当にウォーリーになったのかよ!?」    ボクは、荒田が夢を叶えウォーリーになったと聞いて、まるで自分の事の様に嬉しくなり興奮した。しかも荒田は、遊びではなく真剣にプロとして、コレからはウォーリー1本で喰っていくつもりだと言う。    ウォーリーとは、ボクや荒田が子供の頃に大流行した絵本、「ウォーリーを探せ」のウォーリーの事である。荒田は小学校、中学校と卒業文集の将来の夢の欄に「ウォーリーになりたい」と書いていた。  そんな事を書いても、誰も本気だとは思わない、チョットした冗談だと思い、軽く受け流すだろう。しかし荒田は本気だったのだ。当時、荒田本人とボクだけは彼が本気だという事を知っていた。荒田が涙ながらに「お、お、俺さー、ぅぅぅウォーリーになりたいんだよ」と打ち明けて来たことが在ったからだ。  ボクは戸惑いながらも「何で? なんでウォーリーになりたいんだよ? 急にどうしたんだよ」と返すと彼は、 「みっ、みんなに探してもらいたいんだよ。ウ、ウォーリーになったら、みんな俺のこと探してくれるだろ?」と言った。  子供の頃、よく「かくれんぼ」をして遊んだのだが、荒田は皆とかくれんぼプレーヤーとしての実力が違いすぎた。鬼としての能力は大した事無かったのだが、隠れる方に回ったときの荒田はスゴすぎた。  誰も決して彼の事を見つける事はできないという事から、「透明人間 荒田」や「ツチノコ 荒田」との異名をとった。  最初のうちは、皆、荒田の才能を誉め讃えていたが、しだいに「どうせ探してもみつかんねぇよ」と言う事になり、誰も彼の事を探さなくなった。  荒田以外の子がみんな見つかると、「おーい、荒田、おまえ以外もう全員見つかったぞー、出てこいよ」と周りに呼びかける、すると荒田がヒョッコリと姿を現すのだ。  ボクは一度、荒田に隠れるときのコツを教えてもらった事がある。荒田は「まず何よりも気配を消すことが大事だ。気配さえキッチリと消していれば、たとえ目の前に居ても気づかれない」と言った。 「目の前に居ても気づかれない」と言うのは、さすがに言い過ぎだとしても、確かに荒田の気配消しは凄く、授業中、一度もあてられた事が無かったし、電車、バスの改札は素通り、映画館なんかにもよくタダで入っていた。  それだけの力を持っていながら、荒田は隠れる場所に妥協する事も無く、女子トイレの中などに平気で隠れたりした。  ボクが知っている限りでは、たった一度だけ荒田が見つかった事が在った。         *  中学3年生の冬、皆はもうかくれんぼに夢中になる歳ではなかったが、荒田の強い希望により放課後、団地周辺を使って4、5人でかくれんぼをした。  いつも通り荒田以外全員見つかった所で「荒田ー、出てこいよー」と声を掛ける。普段ならココで荒田が素直に出て来るのだが、この日は違った。 「頼むから俺のこと探してくれよ!」  どこからか荒田の声がした。  ボクたちは言われた通り荒田の事を探してみたもののやはり見つからない。 「荒田、ムリだよ。見つけらんないよ」 「もっとチャンと探してくれよ!」  皆は顔を見合わせ、少し考えてから渋々といった感じで、再びアッチコッチ、思いつく限りの場所をくまなく調べてみたが荒田は見つからない。やがて日が暮れ、皆お腹が空いてきたし、カラスも鳴いているので帰ろうという事になった。 「荒田、もういいだろ帰ろうぜ!」 「イヤだ!」 「出て来いよ!」 「俺は絶対に見つかるまで、かくれんぼをやめない!」 「……お前の勝ちでいいからさ。やっぱお前スゲェーよ。天才だよ。出て来いよ」 「俺を探せ!」 「……バカ野郎! 勝手にしろ。俺たちはもう帰るからな。ひとりじゃ、かくれんぼ出来ないんだぞ!」  荒田は出て来なかった。ボクたちは荒田をおいて、皆帰ってしまった。  その日の夜、ボクの家へ荒田のお母さんから電話があった。荒田がまだ帰ってこないのだが何か知らないかとの事だったのでボクは、夕方までは一緒に遊んでいたが、その後は知らない、と説明した。  荒田のお母さんから電話があってから数時間後。深夜、荒田の両親と警察がボクの家へ来た。荒田がまだ帰って来ないので、くわしく事情を聞きたいと言ってきたので、ボクは眠い目を擦りながら事細かに説明した。  悪い事をしたわけではないのだが、何となく荒田の両親に申し訳ないような気がしたのでボクは終始警察の方を向いて話した。  ボクのお母さんが気を使い、何か飲物を出そうとしたが、あいにくコーヒーもお茶も切らしてしまっていたので、仕方なく自家製の野菜ジュースを出したが、警察の人が一口飲むと「ぅぅぅ、マズー」と言って吐き出してしまったので、荒田の両親は一口も飲まなかった。 (すげえメンドくせー)と思いながらも警察の人に頼まれたので断る分けにもいかず、ボクは警察と荒田の両親を、かくれんぼしていた団地まで案内した。  下北警部補は、深夜だというのに、近所迷惑をかえりみず大きな声で、 「荒田君! 居るのなら出てきなさい!」  と周囲に呼びかけた。すると、 「俺は絶対に出て行かない!」  と、ドコからか返事が在った。警察と荒田の両親は、荒田がいまだにドコかに隠れている事に驚いたが、ボクは(荒田ならコレくらい当然だ)と思っていた。  警察と両親が荒田を説得しようと脅したり、なだめたりしたが、荒田から返事は無い。下北警部補に「友達からも何とか言ってやってくれ」とうながされボクは渋々荒田に呼びかけた、 「おーい、荒田、何か大変な事になってるぞ、出てこいよ」  一瞬の静寂の後、荒田から返答が在った。  「……さとし、かくれんぼで一番たのしい瞬間って、いつだと思う」 「……分かんないよ」 「見つかった瞬間が一番楽しいんだよ。必死になって隠れる場所探してさ、ドキドキしながら身を潜めて、かくれんぼって、見つからない様に隠れるんじゃ無くて、見つけてもらうのを待つ遊びなんだよ」  荒田は誰よりもかくれんぼが好きだった。だから、誰よりも真剣に隠れた。生まれ持った才能と、人並み外れた情熱をかくれんぼにそそいだせいで、誰も並ぶモノの居ない高みへと辿り着いてしまった。おかげで、かくれんぼを愛するが故に、かくれんぼの中でもっとも楽しい瞬間を味わえないという不条理の狭間へ落ち込んでしまったのだ。  平凡な中学生であったボクに、荒田の苦悩は分からなかったが、下北警部補は荒田の気持ちが理解できた様だった。どうやら、彼もまた、荒田と同じように悩んだ時期が在ったみたいだ。 「荒田君、私はナゼ警察になったと思う? ――私もね、子供の頃、かくれんぼや鬼ごっこがスキでスキでたまらなかったんだよ。でも、私の場合は君と違って、探したり、捕まえたり。鬼の方がスキだったんだ。けれども、周りの友達たちは成長すると、誰もかくれんぼや鬼ごっこなんかで遊ばなくなった。仕方なく私は、年下の子供達に混じってかくれんぼや鬼ごっこをした。同級生達がスーパーマリオや流行りのオモチャで遊んだり、恋をしたりケンカをしたり、部活やバンドに熱中したり、必死で受験勉強したりしている時に、私はただひたすら年下の子達を追い掛け回してた。おかげで学校や近所では散々バカにされ、親や教師は私の事を養護じゃないかと危ぶみ、もうチョットで特殊学級に入れられる所だった。そんな中、私は思った、『かくれんぼ、鬼ごっこのプロになって、みんなの事を見返してやろう!』と、だから警察になったのさッ。私が君のことを見つけてみせる、プロとしてのプライドに賭けて、必ず見つけだしてやる!」  そう言うと下北警部補は荒田の事を探し始めた。身のこなしや手際の良さは、さすが刑事! といったすばらしいモノだったが、実際に探している場所は、夕方、ボク達が散々探し回ったのと大して違わなかったので、それでは無論、荒田を見つけることは出来ない。「なかなかやるな、私は少し君の事を甘く見ていた様だ」  下北警部補はそう言った後、団地のA棟103号室の扉を手荒く叩いた。  〃ドンドンドン〃  〃ガチャッ〃  中からムームーを着たおばちゃんが出てきた。用心していて、チェーンロックは掛かっている。 「荒田健一という中学生を探しているんですが、何か心当たりありませんか?」  下北警部補は警察手帳を見せながら、なんの前置きもなく、いきなりそう訪ねた。当然おばちゃんは困惑していた。 「……さ、さあ……」 「知りませんか? 知らないんですか?」 「はぁ、知りません」 「そうですか、分かりました。もし何か気づいた事があれば、警察に連絡ください。……ヘタに隠したりするとアナタのためになりませんよ」  そう言うと下北警部補はジャケットを少しめくり、中に忍ばせていたリボルバーをチラリと見せた。おばちゃんの顔が青ざめ、それを見た下北警部補は満足気にニヤリと笑い、扉を閉めた。  すぐさま下北警部補は隣の102号室の扉を叩こうとしたが、他の刑事と警察官の人に止められた。 「警部補、やめてください。深夜ですし、また問題になりますよ」 「そうですよ。ついこの前、『駅前文房具店万引き事件』で、やり過ぎて署長に大目玉喰らったばかりなんですから」  下北警部補は、それでヤル気をそがれてしまったのか、    「……チェッ、もう何か面倒くさくなってきた」  と、言うと、どこかに居る荒田に向かって、 「あのさー、今日はチョット帰っていいかなー? 明日また探しに来るから」と呼びかけた。  「好きにしろ!」荒田がそう答えると、 「分かった。じゃあ明日、朝から探しに来るから」と言って下北警部補は本当に帰ってしまった。他の警察の人達も、しばらくは荒田の両親に気を使って残っていたが、頃合を見計らい、「明日、必ず見つけだしますんで」とか「気を落とさずに、しっかりしていてください」などと無責任な事を言いながら帰っていった。  翌朝、ボクは朝一で昨日の団地へ来ていた。荒田がどうなるのか見届けたかったのだ。  荒田の両親はすでに居たが、警察はまだ来ていない。荒田の両親は、2人とも寝ていないのか、クマが出来、少々くたびれた顔をしている。  途中、荒田のお母さんが気を利かせ缶ジュースを買って来てくれた時、「わざわざ健一のこと心配して来てくれてありがとう」と言った。ボクはその言葉と荒田の両親の沈痛な面持ちを見て、自分はオモシロ半分で今回の事を考えていると気づき、チョット嫌な気分になった。  しばらくしてやって来た下北警部補は、警察犬とドッグトレーナーを連れていた。警部補は、妙に明るいテンションで荒田の両親に挨拶すると、 「犬に探させるので、健一君の匂いが染み込んだモノを持って来てください」と両親に頼んだ。  荒田のお母さんは、大急ぎで家に戻り、荒田の匂いが染み込んだ、洗ってない洗濯物をいくつか持ってきた。その中には下着も含まれており、ボクは(アイツこんなきわどいパンツ履くのか!)と驚いた。  ドッグトレーナーは洗濯物の中から靴下を選んで取り出すと犬に匂いを嗅がせた。犬は靴下に鼻を擦り付けて匂いを嗅ぐと、勢い良く走り出した。ボク達はものスゴイ勢いで駆ける犬の後を必死で追った。  犬は近所に在る公園の中の公衆便所へ入って行った。「女子トイレ」の中は荒田お気に入りの隠れスポットの一つだったので、ボクは(またかよ、アイツ)と思ったが、意外にも犬は男子トイレの方に入って行った。  我々が犬の後を追いトイレの中へ駆け込むと、犬は個室の和式便器に顔を突っ込み「ゲェ、ゲェ」吐いていた。  ドッグトレーナーは、やさしく犬の背中をさすりながら、荒田の両親に向かって真顔で、 「どうやら、靴下がクサすぎた様ですね」と言い、 「何てったって犬の嗅覚は人間の一万倍ですからね」と付け足した。  荒田のお父さんは、チャント便器の中に吐いている犬の事を見ながら、 「さすがに、よくしつけられてますネェ」と感心していた。  犬の体調が回復するのを待って、もう一度、匂いから荒田の事を探そうと試みた。ドッグトレーナは、今度はさっきよりも匂いの薄いやつがいいと、あまりクサくなさそうなマフラーを選んだ。  しかし、犬はすでにヤル気を喪失していて、ドッグトレーナが匂いを嗅がそうとすると、ブルブル震えながらシッポを巻いて怯えた。 ドッグトレーナーが「こいつは困った。この犬は、もう使い物にならない」と思案していると、警部補が、 「そいつを貸せッ、犬コロに出来る事なら俺にも出来る」と言い、ドッグトレーナーからマフラーを取り上げ、クンクン匂い出した。 「クンクン、クンクン……。分かった! コッチだ!」  嘘か誠か、警部補は自信タップリにそう言うと、団地のC棟へ向かって走り出した。  4階まで、一気に階段を上り切ると、警部補は再びマフラーの匂いを嗅いだ。 「クンクン……、これじゃダメだっ、もっと匂いのキツイやつをよこせ!」  そう言われ、荒田のお母さんは、さっき犬に嗅がせた靴下を警部補に渡した。  警部補は靴下をハナに押し当て、匂いを嗅いだ瞬間に「うぉぉぉえ」と、えずき、あわてて一番近くの401号室の扉を叩き、 「トイレ貸してくれ!」と叫んだ。  401号室の住人が扉ごしに、 「他をあたってください」と言うと、警部補は、 「俺は、警察だ! 早くトイレ貸さないと、お前ん家の前にゲロ吐くぞ!」と、脅した。  本当は、今すぐにでも吐きたいので在ろうが、先ほど犬がチャント便器の中に吐いているので、警部補がココで簡単に吐くわけには行かない。  覗き窓に向かって警察手帳を見せたのが効いたのか? 「ゲロ吐くぞ!」と言う脅しが効いたのか? 401号室の住人が扉を開けてくれると、警部補は一目散に中へ駆け込んだ。  しばらくして、トイレから出てきた警部補の顔面がビショビショに濡れていたので、一体どうしたのかと思っていると、警部補が自分から、 「いや~、口の中が気持ち悪かったから、ウォシュレットでうがいしようと思ったら、上手くいかなかったよ」と、説明してくれた。警部補いわく、最初からビデをチョイスしていれば良かったとの事だ。  困惑する住人に「お騒がせしました」と言い部屋から出ていこうとすると、警部補が、 「チョット待て!」と言い、部屋の匂いをクンクン嗅ぎ始めた。 「匂う、勾うぞ! 近くに奴がいる!」  警部補は、住人の、 「チョット待って、その部屋には寝たきりのおじいちゃんが――」と言う制止を無視して、奥の部屋へ進んだ。  勢い良くドアを開けると、中には住人の言った通り、おじいちゃんが介護用ベットに横たわっているだけで、他に人の居る気配は無く、コレといって隠れる様な場所も見当たらない。  警部補は入念に部屋の中を見渡すと、 「ここだぁー!!」  と、勢い良くおじいちゃんのフトンをめくった。フトンの中には、荒田が、おじいちゃんの足と足の間に、まるで胎児の様に体を丸めた体勢で隠れていた。  荒田は、テレ臭そうに、 「ヘヘヘ、見つかっちゃったー」と言って笑った。  幸せそうな笑顔だった。            *  男は、金を稼がなければならない。稼がなければ世間から「ダメ野郎」と言われる。例えば、清い心を持ったルンペンと、他人を不幸のドン底に叩き落としてでも家族を養い、ベンツを乗り回すヤクザが居たとしよう。すると世間の評価は「人としてはともかく、男としてはヤクザの方が上」と言う事になるのではないだろうか?  動物が、強いオスほど沢山のエサを確保出来るのと同じく、人間社会でも、すぐれた男ほどお金を稼ぐという認識が在る様に思う。自分の好きな事や、得意な事をしてお金を稼げれば幸せだろうが、なかなかそう上手くは行かない。世の中に“探す仕事”というのは幾つか在るものの、“探される”仕事というのは、チョット思いつかない。  そのタメ、荒田ほどの能力が在りながらも、彼はそれを活かす事が出来ず、長年かくれる事なく平凡に暮らしてきた。  それはまるで、鳥が空を飛ばずに生きていく様な、哀しい事に違いないとボクは思うので、荒田がウォーリーになった事を、手放しで喜んでやりたいが、正直、ウォーリーとして生きていくのは金銭的にも、それ以外の事でも色々と大変であろう。  ましてや荒田は30をとうに過ぎた中年で、奥さんとまだ幼い子供がいる。ウォーリーなどという訳の分からない職業で養って行くのは、相当に難しいと思う。  その内きっと、新たな職に付き、荒田は再び、隠れる事のない普通の生活に戻るであろう。  いつまでウォーリーを続けていられるか分からない。しかし、だからこそ今だけは他の事は考えず、少年の頃の夢が実現した喜びをかみしめていてもらいたい。 「荒田、今探しに行くぞ。絶対に見つけてヤルから、覚悟しとけ」 「へへへへ、いくらブランクが在るからって、さとしなんかに簡単に見つかるほど力は落ちてないゼ」 「言っとくけど、こんな田舎街で赤白ストライプの服装は目立つぞ」 「甘いな、今は12月だ。街中にクリスマスカラーが溢れてらぁ」 「コノヤロー、相変わらずだな。……夜が明けても知らねぇぞ」  ボクはジングルベルの鳴る街中へ、荒田改めウォーリーを探すタメ駆け出した。ふと自分の子供の頃の夢を思いだし、(俺ももう一度、プロのカスタネット奏者を目指そうかな)などという思いが頭をよぎった。
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