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[1]
冷たい指を温めようと反対側の手で指先を握る。
頭の中は考えても答えの出ないことばかりで埋め尽くされている。
教室からは騒がしい声が漏れている。
案内されるがままにゆっくりと歩く。
すこしでも堂々としているように見えるように。
人気者にはなれなくとも昨日見たテレビの内容を話せるくらいの友達は欲しい。
扉が開かれ中から漏れていた声は急に静まり返る。
教室にいるクラスメイトが自分に注目しているのが目を向けなくともわかる。
黒板の前まで歩き、正面を向いた瞬間に心臓が大きく跳ねる。
悪意も善意も特にない好奇心に染まった目が自分を見ている。
先生の紹介の後に自己紹介をする流れだ。
「親の転勤で引っ越してきました。長津智也です。よろしくお願いします。」
家にいる時はもっと笑いのとれるものや、趣味や特技を盛り込んだものを考えていたのだが、話し始める瞬間の喉が渇いたかのようなかすれた声と押さえようにも止まらない震えを悟られないようにするのに必死になってしまい言葉が続かなかった。
空いている席に促され着席する。
今までまとわりついていた視線から解放され一息つくことができる。
先生が今日一日の流れを話す間、気づかれないように視線だけで周りを見渡す。
目立った格好をしているやつはいないか?誰か自分の噂をしていないか。
すると廊下側一番前列の人と目が合った。
また一瞬にして心臓の音が大きくなる。
目が合った事に驚いてパッと視線を外す。
自分の鼓動で先生の話も聞こえない。
少ししてから先ほど目が合った人の方を見てみる。
今は前を向きつまらなそうに先生の話を聞いているように見える。
斜め後ろから見える横顔は幼さを残していた。
立て肘を付きながらぼんやりと眺めていると急に彼はこちらに振り返った。
ビクッと反応すると彼は女の子のような可愛らしい顔で微笑みながら口元を動かした。
何かを口パクで言ったのだろうが予期せぬタイミングだったために口元を読み取ることはできなかった。
僕は仕方なく彼に中途半端な顔で微笑み返すことしかできなかった。
チャイムが鳴る前に先生は号令をかけて教室から出て行ってしまった。
急に居場所を取られてしまったかのような居心地の悪さが僕を小さくする。
周りには声をかけようかと話す声だったり、ちらちらと様子をうかがっている視線がまとわりついてくる。
こちらから話しかけるにはハードルが高い。
トイレに逃げ込むことも考えたがここで逃げてしまっては知り合いの一人もできなくなってしまう。
こんな気の小さいことを考えているのがばれないように背筋を伸ばし堂々としてみせる。
「ねぇ。さっきなんて言ったか分かった?」
僕の机の正面から覗き込むように先ほど目が合った彼が現れた。
少し緊張しながらも好意的に話しかけてきてくれたことに安心した。
「ごめん。なんて言ったか分からなくて…」
頭に手を当て困った仕草をしながら照れたように笑う。
そんな僕をジッと見て彼はまた微笑んだ。
「お前。頭悪そうだな。」
「へっ?」
聞き間違いと思って彼を見ていると可愛らしい顔が意地悪く笑った。
「さっきの自己紹介の時も震えてたし。ビビりすぎなのバレバレ。」
先ほどまで自分に好意を持ってくれていると思っていた相手に急にかけられる悪意の言葉。
何か言い返さないとと思いながらも頭の中がまとまらない。
笑って流すか、怒って言い返すか。
どちらがこれからの生活うまくやっていける選択なのか。
「こら。変にからまないの。」
何も言い返せずにいると後ろの席から声がして僕は振り返る。
「これは田代秋。顔は可愛いけど、口と性格がちょっと。」
「俺は横溝涼。よろしくね。」
すかさずフォローに入ってきてくれたことに安堵し「よろしく」とだけ返事する。
「俺の紹介する時にわざわざ顔は可愛いとか余計な事言うな。お前だって眼鏡でスカしてる風なのに頭は平凡で意外とぬけてるとか言われたくないだろ?第一印象なんて偏見の塊だ。」
少しむくれている田代はやはり可愛く見えた。
それでも自分の考えを持ち、周りからの意見に振り回されずに悪態をつく姿は少し羨ましくも感じた。
「田代ってかっこいいな。」
なんとなしにつぶやいた言葉に田代も横溝も固まった。
なにか変な事言ったか?
確かにさっき悪態付かれた相手に言う言葉ではないよな。
それとも男同士でかっこいいとかそれこそ頭悪そうか?
あわてて自分でフォローを入れようにもうまい言葉が出てこない。
「あぁ、ごめん。この子の事、可愛いじゃなくてかっこいいなんて言う人今までいなかったから。本人も固まってどう反応したらいいか困ってるし。」
「困ってねぇし!言われ慣れてるし!お前頭悪そうって言ったけど悪い奴じゃないな!」
田代は嬉しそうに笑いながら僕の背中を叩いた。
僕は田代が言った意味が少しこんがらがっていたが嫌われなくて良かったと安堵し苦笑いした。
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