トキカネ―金色遊歩録

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 針が二度廻る。遊興の一環として、まずは何をするべきか。そう思案しながら、いつになく人の流れが激しい道を往く。波に行く先を任せつつ、わたしは街並みを観察する。  暫く見ない間にも街は目まぐるしい変化はあったと知識では把握していたとしても、その変貌は肉眼で視なければ本当の意味で智ることはできないとあらためて認識させられる。  ふと、腹の時計からアラームが鳴る。大きいものではないが、行動には差し障りがある程度には強い警告だった。…食事としよう。胸元から懐中時計を取り出す。短針はちょうど真東を指している。間のいいことに針の指す方向に甘味処があり、暖簾をくぐる。  実のところ、甘味処は本当に久しぶりであった。最後に訪れたのは何時だったか、そんなことを忘却するほどの昔だ。自動で閉まる戸の音を聞き付けて、店員とおぼしきエプロン掛けの女性が奥から現れる。  女性はわたしを見ると何名様かと問う。わたしはふと左右を見回す。わたし以外に誰か居るのか、と不思議がれば、どことなく店員は歯切れの悪いような、困惑に近い様子を見せる。何か妙か、と今度はわたしの方から問えば、店員は何故か安堵の吐息を漏らし、店の案内を行う。わたしもそれに従い席に着く。その間、店員も含めこの甘味処に居る者の殆どは挙ってわたしを物珍しげに頭のてっぺんから爪先までをまざまざと観察した。あまりじろじろと見られることは少々むず痒く思えてならない。普段は他人の目を気にする必要がない為尚更である。  もしかすると、わたしの身なりはおかしいのだろうか、と疑問を抱き水垢ひとつない窓に自分の身を映す。白地に金のアクセントの入った、当世風の季節に見合った服装だ。流行はわからないが、主観的にいえば特別異端な身なりではないと思われる。どうにも腑に落ちないものを覚えつつも、早速丁寧に装丁されたお品書きを目に通す。  …が、いきなりのつまずきが襲い来る。字の読み書きに不自由はない。手前味噌ではあるが、わたしは役職上文字とは離れられない立場にいる為に、文のやりとりならば右に出るものはそうそうはいないだろう。しかし、そのお品書きの内容がわからないのだ。無論写真は張られているが、味がどういうものか想像する他ない。なんなのだ、この海苔のような緑と餅のような白い丸は。この地名と童話の登場人物の名前を組み合わされれば、流石に想像が難しい。  とはいえ、想像できないものとは興味深さも同時に湧く。意を決し、店員を呼び注文する。やはりわたしがこの国の言語を流暢に発する度に、皆揃って予想外と言いたげな顔をされる。暫く待つと、半透明の器に盛られた品が席に届けられた。器に触れると冬空のように冷たく、この甘味は冷たいものだとわかる。温くなってはいけないと意を決し、一口目を口にする。その味は…、 ──ささやかな食事を終え、わたしは店を出る。外気にさらされると、ふいに吐息が漏れた。もしも、わたしが再びこの街を訪れた時にこの甘味処が残っていれば、必ず訪れよう。口の端に残っていた小豆を舌で舐め取りながら、そう決心した。  この日は、甘味に黄金を支払った。
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