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針が四度廻る。あと二十四時間でこのささやかな暇は終わりを告げる。そう考えると自然と焦燥感に駆られて、皆が皆少なからずいそいそと動き出す。
今わたしは今銀行を訪れている。理由は、行き先のわからないという翁の案内をしていたからだ。数日にわたり街を歩いた事が幸運に働いた為か、街の配置は完全に脳髄にインプットされていた。自慢ではないが、数メートル単位で場所を案内できると確信している。
銀行といえば、だ。今朝方に一通の愉快な連絡が届いた。件のマネーゲームに赴いた奴、連戦連勝を重ね天狗になっていたところ、突如現れた謎の賭博師に長くなっていた鼻っ柱を根本からへし折られ無一文と化したという。奴の悪い癖だ。調子に乗ると大抵しっぺ返しを食らい泣きを見る。付き合いはもう最初を忘れるほど長い所謂腐れ縁だが、どれほど長い年月を重ねても変わらないものはあるとあらためて実感した。意地の悪いと言われるだろうが、奴の破産する様を出来れば生で見たかった。おそらくその晩呑む酒は、黄金の蜜のようにさぞ美味だろう。過去の無様ぶりも思い返して、ついクスリと微笑んでしまう。
…他人の不幸を物笑いの種にするのはこのあたりにしておき、ご老人は銀行に何の用か、興味本位で訪ねる。曰く、ご老人は今日が金婚式の日であり、その日のためにわざわざ買っておいた指輪を金庫に預けていたのだ、という。
それを聞き、実にめでたい事だとわたしは祝福の拍手を贈る。光輝くような、伴侶と共に過ごす五十年。以前は人間五十年と言われていた時代を考慮すれば、それがどれだけ有り難みのある事か。伴侶など得る筈もない身である事も相まって、先程までの下衆な笑みとは対極の、胸の暖かくなる頬笑みが零れる。
ふと、背後がどたばたと妙に騒がしくなる。懐中時計を見るが、時刻はまだ正午。店じまいにはまだ大分余裕がある。振り向けば、黒いマスク…確か、バラクラバという目出し帽を被った複数人…大体五人の者共が声を荒らげて押し入る。声だけで判断すれば男性で、他も骨格が見間違えでなければ同様だ。…一目見てわかる強盗だ。余程きっちりと打ち合わせをしてきたようで、迅速かつ滞りなく金庫へ役員を脅して突入している。ご丁寧に、何処で仕入れてきたか全員自動小銃を片手にしているあたり、準備の程が伺える。ここまで好きにやらせるあたり、どうやら今日は岡っ引き達も休暇を満喫している最中らしい。そう考えるとこの悪党どもは働き者だ。そこだけは感心する。
…先程の言葉、訂正しよう。どうやら幸運はなかった。何故こうなったのかはわたしにもわからない。無神経に他人を笑ったバチでも当たったのだろうか。わたしを含め、その場に居た銀行の利用者はすべて一ヶ所に纏められた。少しでもびくびくと震えたり、恐慌の声を上げようものなら手にした自動小銃を天井に向けて発砲し威嚇する。生殺与奪は握っている、という意図をこれでもかと誇示するためだ。そして、その間もわたしに視線が散発的に向けられているのが気になった。
しばらく経って、銀行の金庫を破り終えた様子のバラクラバの一人が合流する。かなりギチギチにバッグにねじ込んでいるようで、バッグのジッパーが閉じず金品がはみ出ている。その中からぽろり、と一対のリングが転がり落ちる。それを見ると、急に顔を青ざめさせて、隣にいた翁が拾いにいく。どうやら、あれこそが件の指輪らしい。ご老人は指輪を驚くほど早く拾い上げると、うずくまって必死に守ろうとする。しかし、男どもは宝を横取りされたと腹を立て、ご老体だろうと容赦なく踏みつけようとする。
それだけは許してはいけない。わたしは咄嗟に立ち上がると、声を張り上げ制止する。一同の視線はわたしに注目すると、奴等はヒソヒソ話をし、着いたと思ったらわたしに銃を向け此方に来るよう恫喝する。まったく、と深々と溜め息を吐く。どうしてみんな挙ってわたしを見ると目の色を変えるのか。わたしはよほどトンチキな見た目なのか? 間近でわたしに視線を集中する男ども。顔を見なくてもわかる。大方、盛りのついた猿みたいな顔だろう。それはどうでもいい。誰が誰に欲情しようと勝手だ。わたしも、どちらかと言えば女性のほうが好きだから。だが、どうしても許せないこともある。
…ルール違反にはルール違反だ。首に下げていた懐中時計を開き、時計盤を思い切り殴る。保護ガラスは砕け、時計の針は現時刻を以て停止する。顔を上げれば、辺りからは色彩が消え失せ、まるで水墨画のようにすべてが静止していた。わたしはその猿どもの服をすべて剥ぎ、逃げられないよう柱に縛り付けておく。…覆面を剥ぐと、やはり品性の欠けた面をしている。がめつさに定評のあるわたしの知人の方がマシかもしれない。ついでに拳銃もバラバラに分解してその辺にゴミのように放り投げる。あと三十分はこの調子だろう。
…ポケットに入っていた一差しの花を必死にリングを守る翁の傍らに置くと、別れの挨拶を告げその場を後にする。
年老いた夫婦を見た。黄金のような、容易には変容しない月日を共に送った、という。空からは花びらが舞い落ち、過ぎ去った年月と、これから先の月日を祝福する鐘の音と共に。
この日、わたしはささやかな祝福に黄金を支払った。そして、ルール破りのツケが回る羽目になった。
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