トキカネ―金色遊歩録

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 壊れた針が廻る。鳴り響く鐘が、黄金のような刻の終わりを告げる。皆少なくない未練を抱きながら、歯車は再び動き出す。ある者はスーツを、ある者はエプロンを。仕事服に着替え終われば、また黄金を対価に廻る。  そして、わたしもまた彼ら彼女らと同じく、正装に身を包み、いつものガチャガチャとうるさくしている固い椅子に腰を下ろす。戻ってきてしまった、と落胆を多分に含めた吐息が漏れ、司書の象徴である白金細工の眼鏡が曇る。  久方ぶりの、実に一~二世紀ぶりの余暇が終わり、項垂れる。金色の長い前髪が垂れ、それが平積みにされた巻物状の記録に掛かると、これから行う義務を嫌でも思い返し、再びどっとため息を吐く。やむを得なかったとはいえ、なにぶん休暇中にルール違反を犯したため、あと三世紀近くは働きづめである。  この場所は、ここではない何処かに存在する、巨大な金時計。内部は幾多の歯車が休まず稼働し続けるオートメーション化が行われており、その最奥には巨大な図書館が設置されている。誰が造り、遺したのか。それを知る術は既に失われた。この場所に生がある者はわたしと、次代の躯を収めた棺しか存在しない。他はすべて機械仕掛けのカラクリだけである。例外を含めれば、時折この場所を訪れる、先日マネーゲームに大敗を喫し素寒貧と化した彼女くらいのものである。  一般的な図書館とは異なり、この場所のジャンルはひとつしか存在しない。端から端へ次々に記録が長々と出力されては、片っ端から印刷されては製本される。背表紙に『星の記録』と書かれたそれを手に取り、目を通す。百科事典の倍は分厚いこれの校閲を終えると、時計仕掛けの鍵を施し本棚へ向け放り投げる。機械仕掛けの本棚は如何に雑な投擲であろうと完璧にキャッチし、整理整頓された配置に新たな記録を並べていく。これをひたすら繰り返し、記録を遺し続ける。 ──時はひたすらに流れ続ける。それを塞き止める岩はまだ存在しない。いや、いずれ生まれるかはわからないが、少なくとも今はわたしの仕事は終わらない。  薪を燃やす。わずか4日という、瞬きにも満たない刹那のうちに溜め込んだ薪をくべて。ガラガラ、と歯車が意図しない声を上げる。来訪者の知らせだ。そして、この場所に足を踏み入れるような物好きは一人を除き存在しない。馬鹿で強欲で無茶で無鉄砲で無礼な無頼の、無い無いづくしの、わたしの数少ない話し相手だ。彼女は機械仕掛けの図書館を、恰も自分の家のように慎みの無い足取りで踏み入る。わたしはいつものように応対する。ただ以前と異なり、こちらには話したいと思える事柄が、両の指では数えきれないほどある。今日は、それなりに楽しくなりそうだ。 ──こうして、時の司書の仕事は本日もつつがなく行われるのだった。
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