トキカネ―金色遊歩録

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 針が廻る。鐘が次なる日の訪れを告げたのだ。ある者は、時を金と例えたらしい。ならば、これから訪れる日々はさぞ黄金のような価値あるものだろう。  ──現時刻午前0時から数えて96時間、わたしは暇を頂いた。わたしだけではなく、他の者も同様だ。なにもわたしだけが特別という訳ではない。歯車として黄金を支払う必要はなく、何をするにしても自由だ。無論、定められたルールに背かない範囲に限る自由だ。わたしも例に漏れず、年中ガチャガチャとうるさくしている固い椅子から腰を上げる。  先程の理屈で言うならば、わたしたちの動力は金ということになる。限られた、残りがどれだけ残っているかわからない金を燃やし続けて駆動しているのだ。  …しかし、だ。恥ずかしながら、わたしはこの黄金の時をいかに有意義に使い切るか、その術は持ち合わせていない。何をしてもいいという、浪費を許された時の過ごし方を忘れてしまっていた。相談する唯一のアテは、この盛大な余暇をマネーゲームに費やすと豪語し、どこぞのカジノ乗り込んでそれっきりである。  仕方なく、普段の仕事の延長という形で書物を読み漁る。幸か不幸か、わたしの住み処は書物に関しては事欠かない。おあつらえ向きに、外は深い灰色に天からの過剰な恵みを叩きつけてられている。それをささやかなバックコーラスとして頁をめくり続けていく。  ここに置かれている書物はカビの生えているだろう旧いものから昨日刷られたばかりのものまで、文字通りの選り取り見取りである。この間の、といっても何時だったかを忘れるほど遠い昔の休暇には古書に手を出していた事を思い出すと、今日は趣向を変えて偶々置かれていた雑誌を手に取り流し読みする。  しかし、近頃は若者の文化は目まぐるしく変わるせいか、横文字混じりの言葉の真意が今一つ掴みかねる。同時に、とても興味深くはある。暫く俗世間から離れていたうちに流動し続ける世の中を見てしまえば、雑誌を流し読みどころか徹底的に読み込んでしまうほどに食い付き、その智識を噛み締めていていた。  気がつけば、薄いものから弾丸も止められる程分厚いものまでが平積みになっていた。空の灰色はとうに消え去り、代わりに現れた月光に挨拶を交わされる。  わたしは紙の海に身を放り投げて、決心を胸に目を閉じる。明日からは、街を往こう。例え雷雨や嵐が襲い来るとしても、断固として、この黄金のような時を過ごすのだ。…そこまで決意表明したあたりで、瞼が急激に重みを増していった。  わたしはこの日、智識に黄金を支払った。
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