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「ん……どうしたの、杏子ちゃん」
「もう……終わり?」
「……残念だけどタイムリミット、かな」
「……」
離れたくない──とは言えない。
短い時間の中、めいっぱい愛してくれた辰巳さんに我がままを言うことなんか出来なかった。
ゆっくりと甘いピロートークをする間もなく、辰巳さんはそそくさと服を着替えて身支度をする。
「まだ時間あるから杏子ちゃんはゆっくり──」
「嫌です。私も駅まで行きます」
「杏子ちゃん……」
一緒にいられる時は一分一秒だって離れたくなかった。
(だって今度はいつ来てくれるのか分からないじゃない)
そんなことを思いながらギュッと固く手を繋いで駅まで辰巳さんと歩く。
再会してから一緒に居られたのはわずか四時間足らずだった。
「辰巳さん、これ。いつも少ないけど」
「杏子ちゃん、いつもありがとう」
私は辰巳さんと別れる時にいつも少しだけお金を渡していた。
それは辰巳さんに強要されていることではなく、私自身がしたくてやっていることだった。
ファァァァァァァン
発車を知らせるサイレンが鳴り、窓から差し出されていた辰巳さんの手が放れた瞬間、心で泣いた。
「また来るから!」
「待ってます!」
辰巳さんには笑顔の私を覚えていて欲しいから、だから決して泣き顔を見せないでいたのだった。
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