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平安ゾンビ
俺は単純な鬼や魔物とか妖怪変化の類なら、何も恐れるものはない。
どんな化け物でも、たとえエイリアンやプレデターみたいな宇宙からの侵略者が来たって負ける気がしない。
サイヤ人だろうが、フリーザだろうが、どこからでもかかってこいだ。
しかし、そんな俺でも餓鬼だけは気が重いんだ。
奴らはもともとが罪もない一般庶民たちだったからだ。
お前らは平安時代といえば、華やかな貴族文化を想像するかもしれないな。
しかしそんなのはごく一部の特権階級のものだ。
京の都でも庶民の暮らしは決して豊かなものではなかった。
さらに都から一歩でも外に出れば、かなり悲惨なものだったんだぜ。
貧しい庶民の主食は稗や粟だ。
今ならセキセイインコの餌にしかならない、あんなのを食ってたんだ。
おかずは野菜ともいえない雑草みたいな草を塩で茹でたものだ。
栄養事情も悪ければ、衛生面でも最悪だったのが平安時代の庶民の暮らしだ。
平均寿命は30歳程度だ、
疫病というのは、そういう貧しい庶民の暮らす町や村落から発生する。
餓鬼というのは疫病の一種だからね、これもそういう貧しい人たちがまっさきに感染するんだ。
保久の知らせを受けて、俺はそういう村落のひとつに駆け付けた。
村はずれにはすでに、うろうろと歩いている餓鬼たちが居た。
とりあえず目に付く餓鬼たちの頭を矢で射抜いて眠らせてやった。
「保久、もうこれだけ感染が拡大してるんじゃ、俺たちの出る幕じゃないぞ」
「今回は感染拡大のスピードが早すぎますね。なんかおかしいな」
保久の言うのはもっともだ。
餓鬼というのはまず空気感染はしない。
通常は餓鬼に噛まれて感染する。では最初の餓鬼は何から感染するのか?
感染源として考えられるのは、食物や水などだ。
「まさか飲み水に餓鬼の毒が入っているんじゃないだろうな」
俺がそう言うと保久も頷いた。
しばらくすると、陰陽寮の餓鬼処理班が現場に到着した。
奴らが来たということは、この村落はもはや救われないということだ。
奴らは感染が外に漏れないように、完全なる結界を布く。
そして生きている者も、死者も無差別で焼き払うのだ。
たとえ女や子供でも容赦なしにだ。
俺がいかに百戦錬磨の武将とはいえ、見るに堪えない光景なんだ。
「俺は陰陽寮に戻って、状況の詳細を聞いてきます」
保久はそういって現場を立ち去った。
・・・・
その日の夜、保久が俺の家を訪ねてきた。
家に上がるなりこう切り出した。
「藤太さん、やはり今回の餓鬼の一件はただ事じゃないようですよ」
「どういうことだ?」
「実はこれは内密なんですがね、宮中にも餓鬼が発生したらしいんです」
「何、宮中でもか?」
平安京の貴族どもは一般庶民と違って、陰陽寮が防疫体制を整えている。
貴族どもの栄養事情は豊かなもので、それゆえ体の抵抗力も高いから餓鬼が発生するなど、めったに無いことだった。
「陰陽寮の学者たちが分析したところによると、どうやら都の水全般に蟲毒が含まれているらしいんです」
「ふーむ。つまり何者かが都に向けて蟲を仕掛けたってことか」
蟲(こ)というのは呪術の一種で、毒虫、毒蛇、毒ガエルといった毒のある生き物たちを壺などの容器に閉じ込めて殺し合わせるんだ。
そうして生き残った最後の一匹を使って呪をかける術のことだ。
「蟲毒の含有量はまだ微細なものでしてね、よほど弱ってないかぎりただちに危険なレベルじゃないんですが、早急な調査が必要です」
「しかし、都全体に蟲を仕掛けるってのは尋常な術じゃないぞ。もしや琵琶湖に仕掛けてるのか?」
「陰陽寮の学者たちの見解もそれですね。式占によると、近江の国の方角に怪しい気があるそうです」
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