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惑星序列67。 丸ごと氷結したαイーニーの中に海が見つかったのは七年前の事だ。 その海の中に生態活動が見つかったのが一昨年の事。 惑星生命探査の世界では大いなるサプライズだった。 地球モデルよりも小型で高重力、おまけに太陽からも遠くて冷え切った星の海中に、高エネルギーの熱源が秘められていて、生命が発生しているなんて。 「星を丸ごと実験場にすることになったんです」 僕はノートを棚から取り出して、カミイイダさんに見せた。 「生態系にはいくつか明確なルールがあります。食物連環が存在すること」 「弱肉強食、適者生存」 カミイイダさんは飲み込みがいい。 一般的には食物連鎖として認識されるが、正しくは「環」だ。 生態系は永遠にサイクルするつながりでなくてはならない。 「生物は常に生存に有利な方向に進化しようとします」 「人類もマウントを取りたがるね」 「その通り」 αイーニーは地表がすべて凍っている。 つまり外部からの刺激がないということだ。 この箱庭的世界で始まった実験は、そこに異物を投入しようというものだった。 「固定された生態系に外圧を加えることで、爆発的な進化が促される。今までその仮説を完璧に証明することは難しかった。常に外的要因が変化するからです」 「お遊戯会に本物の狼を放したわけだ」 僕はカミイイダさんが何を言いたいのかわからなくて言葉を切った。 「最後まで生き残ったのが、本物の赤ずきんなわけさ」 αイーニーの海へ外圧として送り込まれたのは、極寒の海にも耐えられるように遺伝子強化した二百匹のイワシだった。 遺伝的特徴とは、例えば簡単なところで言うと、めちゃくちゃ大きくなるとか、光るとか、香りを放つとか、そういうことだ。 設定された特徴はイワシの数に合わせて百。 それをオスメス揃えて二百匹。 どの特徴が進化をより促すのか調査する目的があった。 併せてイワシ自身の進化も調査できる。 極寒の海で、彼ら彼女らがどの特徴を子孫に伝えるのか。 どの特徴を備えたものが生き残るのか。 「せんせー、しつもんです」 「はいカミイイダくん」 「うっ、似合わな。下っ端根性がはみ出してるわ」 「先生の悪口はおやめください。……質問は?」 「君も遺伝子デザインしたの」 「しました」 「どんなの」 僕はもじもじしながら言った。 「その、派手なのは教授とか先輩たちがあらかた決めてて、僕は百番目の形質を提出することになってたんですけど、なかなかでなくて、すごくしょぼいのを」 「うん、恥ずかしいんだな」 「恥ずかしいですよ。その、イワシをピンクにしたんです」 カミイイダさんは顔を押えてげらげら笑う。 「センス無いわ~」 「でも、上品でいい色なんです。ほら、カミイイダさんの髪の色みたいな……」 「そういうところだよ下っ端君。誰がイワシと同系色で嬉しいのよ。モテないでしょ?」 「モテないです」 僕はきっぱり言い放って、話を本題に戻す。 天敵のいない海の中でイワシは爆発的に増えた。 イワシの放流から半年で、浅い深度に生息する未熟な魚類が半減した。 しかしまだ原生生物に生命進化の兆候は見られない。 ただイワシだけが増える。 このままならαイーニーの海からイワシを絶滅させなくてはいけないかもしれなかった。 カミイイダさんに説明すると、彼女は先ほどとは打って変わって真剣な目で僕を見る。 「神様ごっこ?」 「いえ……」 僕は口ごもった。 自然を相手にする科学者は、時に矛盾と戦う。 少なくとも僕は、生物が好きだから生物学者になった。 考えなしのテラフォーミングで原生生物が死んでいくのに耐えられなかったから。 ただ、大好きな自然環境を改変することしか――乱暴に言ってしまうなら、実験対象を殺すことでしか成果を得られないことがある。 一を殺して千を救うのは正しいのか。 一を殺さないために千を殺すのは誤っているのか。 僕はその答えを知らないし、恐らく死ぬまでわからない。 膨れ上がる罪悪感に対するには、何かを守ったのだという達成感に縋るしか、心を助ける道はないのかもしれなかった。 カミイイダさんの言葉は、的確に僕の心に針を立てた。 「神様ごっこ?」 僕は立ち尽くした。 机の真っ黒な天板に吸い込まれそうな気分で。
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