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ログ:002
翌朝、晴れたので僕はカミイイダさんと基地の外へ散歩に出た。
αイーニーは重力が高いので専用のスーツを着なくてはならない。
一年やり続けても悪戦苦闘している僕の横で、カミイイダさんはマジシャンのように手早く装着した。
ヘルメットのバイザーをおろし、腰に小型ライフルを下げている姿は、完全に軍人だった。
僕はカミイイダさんだけは敵に回すまいと思う。
特別製のホバーに乗って雪原へ繰り出した。
三日三晩かけて基地を半分埋めてしまった地吹雪の名残を蹴立てる。
軍事訓練を受けているカミイイダさんは僕よりもはるかにホバーの扱いが上手い。
あっという間に白い世界の黒胡麻みたいになってしまう。
「スピード落としてください。海に落ちる」
僕は無線で呼びかけた。
「落ちないよ。浮いてるんだから」
その時、がこん、という大きい音が耳元で響いた。
「わあ、氷が割れた」
言わんこっちゃないと思いながら、僕はスロットレバーをフルバーストの位置まで押し倒した。
近づくと、カミイイダさんはホバーから降りて、割れたばかりの氷をつついている。
「ねえちょっと、これなに? 美味しくなってるの?」
僕はうんざりしながらホバーのエンジンを切った。
カミイイダさんは好奇心も強くて頭もいいが、たまにピントのズレたことを言う。
しかし氷を見て、不覚にも僕まで驚いた。
氷の中には、同じ方向を向いたイワシがぎっしりと詰まっていたのだ。
「集団冷凍かな?」
「見たことありません」
僕は素直に言った。
αイーニーは弟分の星であるβイーニーを衛星に、つまり「月」にしている。
月の引力が地球の海に影響を及ぼすように、βの引力はαの氷形成に影響を及ぼす。
それも、強く、激しく、急速に。
αイーニーの表面はすべて氷で覆われていると言われているが、それは遠くから眺めた場合の見方だ。
実際のところ、表層の氷も海水下の氷も、日々刻々と変化を続けている。
イワシたちはこれまで上手くαイーニーの環境に適応してきたはずだった。
氷の変化に対応できず、毎日大量に死んでいくというなら、最初の世代で全滅したとしてもおかしくない。
昨日の天候や海流に異常な数値は出ていただろうか?
いずれにせよ、早く基地に帰らなくては、と思った。
氷が不安定なのであれば、軽い刺激でも危険である。
現にカミイイダさんは氷を割ったのだ。
ぎょろりとしたイワシの目が虚空を睨んでいる。
サンプルをいくつか採取して、ホバーに乗せた。
イワシの何が狂ったのかラボで解析しなくてはならなかった。
カミイイダさんは僕が教えたパッキングの手順を、意外と楽しそうにこなしている。
「好きですか、こういうの?」
「嫌いじゃないよ。手順を踏んで閉じ込めていくのって」
「こわ」
「そりゃあ軍事作戦と一緒だからね」
その一瞬、カミイイダさんの桃色の髪が、氷の光を反射して銀色がかった輝きを帯びたように見えた。
綺麗だなあと僕は思う。
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