冬王様は不眠症
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「冬王様、起きてください。朝ですよ」  カーテンの隙間からこぼれでる朝日を浴びながら、桃花は自身の膝の上に頭を乗せた人物の肩をポンポンと叩く。けれどすぐにその人が布団から、ひいては彼女の膝の上から退いてくれることはない。  そんなのいつものことだ。 「もう少し……」  眠そうにそう声を上げた冬王は、桃花の細い腰をもうすっかり筋肉のついた男性の腕でホールドする。これもまたお決まりの行動である。だが桃花はこの流れをどうにかしたいと考えていた。  なぜなら彼女は冬王に叶わぬ恋をしているからだ。 (どんな気持ちでここにいるかなんて、きっと冬王は私の気持ちなんて考えてもいないに違いない)  そう思うと愛しいはずの相手が途端に憎たらしく思えてしまう。気持ちよさそうに二度寝なんて始めようとするからなおのこと。  桃花は愛おしく、そして憎たらしい王様の腕をほどく。そして身体をスライドさせるよう下がって彼から身体を遠ざける。そして同時に冬王から布団をはぎ取るのも忘れない。熱を奪われ、恨めしそうにこちらを見上げる冬王に桃花はにっこりと笑顔を向ける。 「おはようございます、冬王」 「おは、よう……」  まだ寝ていたいとぼやく冬王に「それでは私は帰りますからね」と声をかけ、桃花は返事を待たずにその場を、そして冬王の屋敷から足早に去る。  今更人目など気にしたところで意味などないのだろう。だがそれでも桃花は人目を気にせずには居られないのだ。  冬の領地から、桃花に特別に与えられた春の領地の一番端っこに位置する自宅に帰るまで一瞬の気だって抜くことはない。  なぜなら冬王の屋敷から帰る時の桃花はいつだって今にも泣きそうな顔をしてしまっているから。そんな顔を見られてしまえばもう言い訳なんて出来るわけもない。  誰に言い訳するのではない。他でもない自分自身に。  桃花が冬王に初めて膝枕をしたのはもう5年も前のことだ。  桃花が仕えるべき主にして、現在の冬王 (当時の冬の王子)の姉にあたる春の女王が、春の屋敷に仕える使用人全員に『冬の王子の不眠を解消せよ』との命を出したのだ。  それは王子に害を成すものでさえなければいかなる方法でも構わない。この命を成した者には褒美を授けよう――と。  もちろん春の屋敷の使用人の一人であった桃花にもその命令は伝わった。けれど彼女は初め、乗り気ではなかった。  なにせ一介の洗濯専門の侍女が各領地の王または女王の顔を拝める機会など年に片手で数えきる程度しかないのだ。それも四季の国の行事の際に、である。それですら侍女として春の屋敷に仕えるようになればあるかないかほどに減ってしまった。  そんな相手の不眠を治すなんて到底できるはずがない、と。  けれど春の領地へとやってきていた冬の王子を目にした途端、桃花のちっぽけな思いはどこかへと消えてしまった。  春の屋敷では見慣れぬ銀色の髪をした王子様は今にも倒れてしまいそうに、壁に手をついて歩いていたのだ。  その姿は桃花が実家に残してきた、体の弱い弟の姿と重なった。  だから桃花はどうしようと考えるよりも早く、王子の脇に手を入れて支えた。そして近くの空いている客室の一つのベッドに寝かせた。それから弟にするように膝に上に頭を乗せさせて、髪を梳くようにして撫でる。そうすればいつだって彼女の弟は安心してグッスリと眠ってくれたから。その代償に桃花は一晩満足に眠れない上に、足が痛くなる。だがそれでも可愛い弟のためである。それで元気になってくれるのならやすいものだ。風邪の時だけの特別だよと聞かせてはうんと甘やかしてやった。  少しでも楽になってくれればとそれだけを考えて――。  けれどそれは実の弟に対しての話である。  王子相手にそんなこと、いくら主からの命令があったからといっても不敬に当たるに違いない。桃花がやってしまったと気づき、謝罪をしようとした頃には王子は睡魔に連れられて夢の世界へと旅だっていた。そして再び目を開いたのは半日ほど過ぎた後のことだった。  こうして桃花ははからずとも春の女王から出された命をこなしたのである。  十分な睡眠がとれたのは実に半年ぶりだったと王子の口から聞かされた時、桃花は声を上げて驚いてしまった。  それほどまでに王子はすんなりと桃花の膝の上で寝てくれたのだから。限界が近かったというのもあるのだろう。いくら冬王が四季の大樹から生まれた、人間とは異なる存在とはいえど寝ずに居られるわけがないのだから。 (どんな理由であれ、寝られてよかった) 「それでは失礼いたします」  今日の仕事、まるまるさぼってしまったことに申し訳なさを感じながら桃花は部屋を後にした。  そしてその数日後、冬の王子から話を聞いたらしい春の女王によって王子の不眠を解消した侍女の捜索が始められた。  そのことを聞かされた桃花はきっと怒られるに違いないと恐ろしくなった。 (減給、場合によってはクビもあり得ることだろう。どんな罰であろうと家族にだけは迷惑がかからないといいのだけど……)  桃花は身を縮こませて、そして意を決して自分こそがその侍女であると名乗り出た。  けれど実際に彼女が春の女王の元へと呼び出されたのはそれから1ヶ月以上が経った後のことだった。  なにせ唯一その侍女と接した王子が顔を覚えていないと言ったのだ。誰だか分からないのならばその報償をもらってしまおうと考える輩が数多くいたのである。  それでも桃花にたどり着いたのはひとえに彼女が真面目だったからである。いや、臆病者だったといった方が正しいだろうか。  あまりの人数に対応に追われた春の宰相を筆頭とした文官達にはまたかと呆れられていたが、それでも桃花は謝らせてくれと懇願し続けたのだ。  その結果がようやく実ったのが1ヶ月後だったというわけだ。もちろん罪を少しでも軽くして欲しいという一心で。  春の女王や宰相がそこまでして例の侍女を探し出したいのには理由があった。  もちろん功績を挙げた使用人に報酬を与えるのが筋であるという考えが根本にある。だがそれだけではない。冬の王子の不眠が再発したのだ。いや正確に言えば再発、ではない。元より冬の王子の不眠症は治ってなどいなかったのだ。そう、王子が心地よい眠りにつけたのは件の侍女の膝の上でだけ。それまでいくら試してもダメだった王子の唯一の場所である。となれば再び王子が眠りにつくためには侍女を探すのが一番手っ取り早い話である、という結論に至ったのだ。  けれどなかなか特定はできない。  ならば王子本人に会わせてみてはどうだろうか?  こうして我こそがその侍女であると自称する者達が集められた。総勢50人である。これは春の屋敷に仕える女性使用人の半数ほどの人数である。そしてこの中に桃花はもちろん参加していた。  参加女性は順に列に並ばされ、そして王子に膝枕をするようにと指示を出された。  早いもの順ではないというのにどの女性も私が先だ、私が先だと初めの順番を奪い合ってばかり。謝るだけが目的であった桃花はその一番後ろで自分の番が来るのをじいっと待っていた。  そして50番目の桃花の番がやってくる頃には冬の王子は疲れてしまっていた。それはもう、一日中剣の稽古でもしていたのではないかと言うほどにグッタリと。心なしか王子の顔はその美しい髪の色と同じような色に変わっていた。  そんな王子はコロリと布団に寝転がるように桃花の膝の上で眠ってしまったのだった。 (正直どちらもタイミングの問題ではないだろうか?)  桃花自身そう思っていたし、あれから5年が経った今もそう思っている。  だが春の女王からは身が縮こまってしまうほどに感謝され、そして冬の王子から強請られてしまえば、拒否することは出来るわけがない。こうしていつまでもズルズルとこんな関係が続いてしまっているのである。  冬の王子はこの5年の間に成人の儀を済ませ、王子から王へと変わった。そして彼が成長するごとに桃花の告げられぬ思いも成長していっている。 (けれどあの人はきっと今も昔も、私のことを『枕』としか認識していないのだろう。名前だって、きっと知らないに違いない。私達の関係など変わるはずがない。それでも私は変わってしまった……。叶うはずもない思いを一方的に彼に向けてしまっている)  元より冬の領地の王となることが約束されていた四季の国の王子と、春の領地で働く一介の侍女の桃花では立場が全く違った。  今でも桃花の膝の上でなければ満足に眠れない冬王ではあるが、四季の国の王の一人として立派に冬の領地を治めている。そして18になった年から本格的に伴侶となる相手を探し始めた。正確には周りが、だが。年齢的にも適齢期というやつなのだ。  枕役を勤めている間にそんなものが過ぎ去った桃花とは違い、冬王は王族だ。早く伴侶を見つけるに越したことはないと、周りでは誰もが伴侶相手探しに躍起になっているようだ。  冬王は四季の国の一角を担い、優しいところは領民からは慕われ、優れた采配で貴族からも慕われている。おまけに乗馬や剣の腕は優れており、その上顔までいい。だから普通なら誰も放っておくはずがないのだ。  ――けれどその相手がなかなか決まらない。  その理由は二つある。  一つは冬王に限らず、四季の国の王族は自らが真に認めた相手でないと縁を結ぶことはないからである。  これは今代になって始まったことではなく、四季の国が生まれた当時から続いていることである。そして建国してから1000年が経った現在でも4人の王・女王の伴侶が生涯不在であったことは一度もない。  だからこの一つはいずれ突破できることとして、さほど重要視はされていない。  問題は冬王と桃花との関係である。  冬の領地、春の領地に限らず四季の国全土で、冬王と春の領地の侍女が恋仲であると噂が立ってしまっているのだ。  そのせいで、冬王の18の誕生日までに山のように来ていた、伴侶にと志願する手紙はごくわずかに減ってしまった。  冬王だけでなく、四季を司る王・女王の伴侶になれば一生分の幸せを約束される。  だからこそ自分を伴侶にと手を挙げる者は多い。けれど機嫌を損ねてしまえば一生その加護を受けることは出来なくなってしまう。下手に恋人と遠ざけて、冬王の機嫌を損ねたりしたら……と思う者が多いのだ。貴族のほとんどが出世を望むが、今の居場所を手放すつもりはないということである。  それでも志願する女性はいたのだ。だがそれすらも冬王によって呆気なく拒まれてしまった。拒まれてまで食いついた女性は今のところいない。  だが一度でも冬王と会った女性は皆、口をそろえて『あの噂はやはり本当なのではないか』と言うのだ。そしてそれを信じる者が増えてしまうという循環ができあがってしまった。 (いっそのこと私が枕役を辞めてしまえばすべてが丸く収まるのではないだろうか)  冬王の伴侶選びが難航していると聞かされた桃花はすぐに冬王に提案した。けれどその意見が受け入れられることはなく、それは冬の宰相に言っても同じことだった。  理由はまた冬王が不眠症になってしまい、業務が滞ってしまうからだ。  桃花と出会った時はまだ王子でしかなかった彼も今や王様である。彼があの頃のように日に日に弱っていくなんてことがあれば、冬の領地は混乱に陥ってしまうことだろう。  桃花は自分の安易な考えを恥じた。そして新たな考えが彼女の頭をよぎった。 (ならば私が『枕』でしかないということを公表してしまえばいいのではないか。そうすれば少しは名乗りをあげる女性も増えることだろう。数が増えればきっとその中に冬王の気に入る女性が一人はいるはずだ。だがそんなことをわざわざ言わずとも、そうなるのも時間の問題だろう)  その時の桃花はそんなことを考えていた。  けれどあれから一年が経った今でも冬王は伴侶が見つからないままだ。  後2ヶ月で冬王は20になってしまう。そして桃花は今年で25になる。  それを節目に桃花としては叶うはずもない、遅すぎる初恋に蹴りをつけて前へと進みたいところである。 (16~23歳までに結婚するのが一般的ではあるが、探せば私と共に過ごしてくれる相手もきっと見つかることだろう)  それにはまずは冬王の伴侶探しが先決である。  願わくばその相手が冬王に安眠をもたらしてくれる相手であってほしいと願うばかりだ。  冬王が伴侶を決めるまでの間、後少しだけでも彼の枕で居続けようと桃花は改めて決心するのだった。
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