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平原さんの好意を感じて浮かれていた気持ちが、一気にしぼんでいく。彼に告白されてからずっと考えていたことが、確信に変わった。
平原さんは、私が好きなんじゃない。ただ、家族が欲しいだけなのだ。
思い返してみれば、彼は私の家族の話はやたらと聞きたがるくせに、自分の家族の話は一切しない。自分には家族なんていないと割り切っているかのように、その存在すら匂わせないのだ。
これは私の単なる推測だが、きっと彼も家族との関係がうまくいっていないのだろう。だから、同じく家族に対して距離をとっている私となら結婚して子どもができても面倒はない。きっと、そう考えているのだろう。
平原さんがこんなにも優しくしてくれる理由に、私は勝手に辿り着いてしまった。
「倫?」
はっとして顔を上げると、平原さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
初めて会ったあの日、最終バスの中で泣いていた私に声をかけてくれた時と同じ、優しくてかっこいい平原さんだ。でも、その綺麗な琥珀色の瞳に映るべきなのは、きっと私じゃない。
「……ごめん、倫。やっぱり、困らせてるよね」
「あっ……ご、ごめんなさい……」
「ううん、謝るのは俺の方だよ。俺の言ったこと、忘れて……とは言いたくないんだけど、とりあえず今は気にしないで。倫の気持ちが落ち着いたら、答えを聞かせてほしい」
「……は、い」
「再来週のデートはどうする? 俺はもちろん行きたいけど、倫があんまり乗り気じゃないなら無理しなくていいよ」
「いえ、行きます。……行きたいです」
平原さんの本心に気付いたところで、彼への気持ちが冷めたわけじゃない。それどころか、一層彼への想いが強くなってしまった気さえする。恋とは何と面倒なものなんだろう、と他人事のように思った。
「よかった。あ、じゃあ倫、今日も家族旅行の話聞かせてよ」
「あ……は、はい……」
にっこり笑う平原さんに、私も無理やり笑顔を作った。
心の中は大雨だ。一度浮かれてしまうと、そこから落ちた時に大きな痛手を負う。そんなことは、今までの人生で分かりきっていたことなのに。
彼に促されて、私はまた過去の家族旅行の話をした。この前と同じ話題のはずなのに、今日はちっとも話が弾まない。
当たり前だ。こんな暗い気分で、楽しい旅行の話などできるわけがなかった。
それでも、平原さんに落ち込んでいるのを悟られたくなかったから、私は無駄に声を大きくして話をした。彼が頷いてくれるたびに安心して、でも心は裂けるように痛かった。
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