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後日談・彼らと俺のお留守番
エプロンを着けてキッチンに立つ。
冷蔵庫の中身を確認しながら、お昼ご飯は何にしようかと思案していたその時、寝室の方からふにゃふにゃとかすかに泣き声が聞こえてきた。
「パパー! ゆいちゃん、おきた!」
「あちゃー、起きちゃったか……ありがとう太一、今そっち行くよ」
ぱたりと冷蔵庫の扉を閉めて、苦笑しながら寝室へと向かう。さっき寝かしつけたばかりのような気がするが、起きてしまったものは仕方ない。
寝室にあるベビーベッドの上では小さな娘が顔を真っ赤にしながら泣いていて、その前では太一がお兄ちゃんらしく心配そうな顔で妹を見つめていた。
「あんまりよく眠れなかったのかな? ミルクはさっき飲んだし……ああ、おむつが濡れてるのが嫌なのか」
「おしっこ、でてる?」
「うん。お昼ごはん作らなきゃいけないし、おむつ替えてからおんぶしよう。太一、おしりふき取ってくれる?」
「はいっ!」
太一に頼むと、すぐさま脇に置いてあったおしりふきを手渡してくれる。
一年と少し前、ママのお腹に赤ちゃんがいるんだよ、と告げたときは何やら複雑そうな顔をしていた太一だが、今ではすっかり頼もしい存在になった。
もちろん、赤ちゃん返りをして俺や倫を困らせることもあったけれど、可愛い妹を前にするとお兄ちゃんらしい振る舞いをしたくなるようだ。
今日、倫は大学時代の友人である戸倉さんの結婚式に参列している。
数ヶ月前に届いた招待状には、「よかったらご家族全員で」とのありがたいメッセージが添えられていたのだが、太一はともかく産まれてまだ半年も経っていない結を連れて披露宴に出席するのは大変そうだと判断して、倫一人で出かけていくことになった。式の会場は新幹線を使ってニ、三時間ほどかかる場所だから、きっと帰りは夜になるだろう。
ほぼ丸一日倫がいない日というのは初めてだが、今のところは順調だ。倫が家を出た直後に結が大泣きしたけれど、それも太一が色んなおもちゃを使って気を逸らしてくれたおかげでどうにかなった。すっかりお兄ちゃんになってしまった太一に、親である俺の方が驚いてしまう。
「これでよし。さて、結をおんぶしたらお昼ごはん作ろうか。太一、オムライスでもいい?」
「やったー! ぼく、おてつだいする!」
「おー、助かるなぁ。それじゃ、一緒に作ろうか」
「うん!」
泣き止んだ娘をおんぶ紐で背負って、寝室に置いてある姿見の前に立つ。大人しく俺に負ぶわれている結は、鏡に映った自分を見てきょとんとした顔をした。
寝起きの倫にそっくりだ。
そう思ったら自然と顔がにやけてしまっていたようで、そんな俺を見た太一が不思議そうに首を傾げる。
「パパ、なんで笑ってるの?」
「ふふっ、結が可愛いからかな」
「……ぼくは?」
「もちろん、太一も可愛いよ」
よしよしと頭を撫でると、太一は満足そうににこっと笑った。
お兄ちゃんらしくなったとはいえ、まだまだ甘えたい年頃なのだろう。つい妹の結にばかりかかりきりになってしまいがちだが、太一のこともよく見てやらなければ。自分をないがしろにされることほど寂しいものはない。それは、誰よりも俺が一番よく分かっているつもりだ。
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