私と彼とファーストキス

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 少し緊張しながら喫茶店の扉を開けると、この前と同じ店員さんが出迎えてくれた。待ち合わせなんですけど、と言うと、これまたこの前と同じ一番奥のテーブルにいた平原さんの元へ案内してくれる。 「お待たせしました、平原さん」 「ううん、全然待ってないよ。先に飲み物頼んじゃったけど、倫は何にする?」 「あ……えっと、じゃあミルクティーにします」  お冷を持ってきてくれた店員さんに注文をして、少し暑かったので制服のブレザーを脱いで椅子の背もたれに掛けた。  今日の平原さんは、爽やかな薄いブルーのシャツにベージュのチノパンという出で立ちだ。シンプルな服装だけど、やっぱりモデルさんみたいに綺麗でかっこいい。 「昨日は、倫がバスに乗ってきたから嬉しくなっちゃったよ。今日はいるかなぁ、なんて期待してたからなおさら」 「あ……そうだったんですね。私も、嬉しかったです」  本当に嬉しそうにそう言う平原さんを見たら、彼のファンの女の子たちと居合わせて、ヒヤヒヤしながらバスに乗ったことなど言えなかった。でも嬉しかったのは本当のことなので、それだけは彼に伝える。  平原さんはなぜか前以上に優しいというか、砂糖を一面にぶちまけたように甘い視線で私を見つめてくる。思えば、昨日のバスの中でもこんな目をしていた気がする。 「倫、今日は髪型が違うんだね」 「えっ……あ、そうなんです。母にやってもらって」 「へえ、そうなんだ。可愛いよ、よく似合ってる」 「あ、ありがとう、ございます……」  にやけてしまう顔をおさえるのが大変だった。  心の中で大きくガッツポーズをして、母に感謝する。また今度平原さんと会う日は母にアレンジを頼もうと決めた。 「それでさ、倫。今日はこの前の返事が聞きたいんだけど」 「あっ……え、えっと……!」 「考えてくれた?」  もちろん考えた。頭がおかしくなりそうなくらい。返事云々より、平原さんはどういう意図であの告白をしたか考えていたのだが。 「あ、あのですね……聞き間違えでなければ、平原さんは私と、その……」 「うん。子どもを作りたい」  今日はパスタが食べたい、とでも言うようにけろりとした顔でそう言ってのける平原さんは、やっぱり変わってると思う。  どういう意味か分かってるのかな、なんて聞きたいけれど私より何個も年上の彼が知らないはずがない。となれば、彼なりに大事な理由があってそう言っているのかもしれないと思って、素直に理由を尋ねることにした。 「あの、どうしてそう思ったのか、聞いてもいいですか……?」 「うーん、なんて言ったらいいのかな……」  平原さんが考え込みながらコーヒーを口にする。ちょうど注文したミルクティーが運ばれてきたので、私もどきどきしながらそれを口にして彼の返答を待った。 「この前、家族のことを楽しそうに話す倫を見てたら、なんて言うか……倫と家族になりたいなって思ったんだ」 「へっ……?」 「倫と家族になれたら楽しそうだな、子どもが出来たらもっと楽しいだろうな、って考えたんだ。こんなこと初めてなんだけど。だから倫との子どもが欲しいと思った」 「あ、の……それは、光栄ですが……話が飛躍しすぎでは……?」  私と家族になりたいだなんて、それではまるでプロポーズではないか、という突っ込みはこの際置いておく。だって子どもを作ろうとまで言われているのだ。今さらそんなところにまで突っかかっていたら話が進まない。 「もちろん、倫はまだ高校生だからすぐにっていうわけじゃない。卒業するまでちゃんと待つよ」 「い、いえ、そういうことではなくて……」  一体どう言えば、私の欲しい返答が返ってくるのだろう。  もちろん、平原さんの言葉は嬉しい。だって、手の届かない人だと思っていた彼に家族になってほしいと言われているのだ。ややこしいので、子どもを作ろうという話は置いておくにしても。  私だってまだ想像すらできないけれど、彼ともっと距離を縮めて、将来結婚なんてできたらそれは絶対に幸せなことだ。でもそれは、想像もできない未来の話。今返事が欲しいと言われたって困るに決まっている。  私が欲しかったのは、「倫が好きだ」とか「付き合おう」だとか、そんな単純な言葉なのに。
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