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しばらく話していると、お店の柱時計が低く鳴り響いた。振り向いてそちらを見ると、六時を指している。
「そろそろ帰ろうか、倫。今日もたくさん話してくれてありがとう」
「い、いえ……」
彼のあとに続いて、私も席から立ち上がった。ここに来るまでの足取りは軽かったのに、今は鉛でも乗ったかのように足が重い。
喫茶店を出ると、空が曇っているせいかいつもの同じ時間よりも辺りが薄暗いように思えた。
「あれ? 倫、その靴どうしたの?」
落ち込みきっていた私は、今履いている靴が自分のものでないことすら忘れていた。少し後ろを歩く私の足元を見て、平原さんが不思議そうに尋ねてくる。
「あ、これは、えっと……靴、学校で汚しちゃって。同級生が貸してくれたんです」
「……ずいぶん大きいけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。あとはもうバスで帰るだけですから」
そういえば、今日は靴を二足もズタズタにされたんだった。ローファーに至ってはズタズタのびしょびしょだ。そのことを思い出して、さらに気持ちが重く沈んでいく。
平原さんは私の履いている大きなスニーカーを見て何か考え込んでいるようだったけれど、すぐに私と目を合わせて微笑んだ。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
「あ、はい……」
ここから一番近いのは学校前のバス停だ。平原さんと一緒に、薄暗い道を歩く。
その途中、制服を着た女の子たちとすれ違った。彼女たちは平原さんの姿を見てひそひそと会話をして、通り過ぎたあともこちらを振り返って彼を見ているのが分かる。少し後ろを歩く私には目もくれない。当たり前のことなのに、たったそれだけで彼との距離を感じてしまう自分が嫌になる。
学校前のバス停に着くと、まだ誰もいなかった。
ベンチに座った平原さんは私にもその隣に座るよう促してくれたけれど、もしかしたらまた平原さんのファンの子たちと出くわしてしまうかもしれない。彼のすぐ隣に私が座っているのを見られるのが嫌で、人ひとり分の距離を取ってベンチに座った。
「……ねえ、倫。今日何かあったの?」
「えっ?」
「元気ないように見えたから。もしかして俺のせい?」
「いっ、いえ! 違うんです、あの、ちょっと今日は疲れてるみたいで……」
平原さんがまっすぐな瞳で私を見るから、こんな下手な嘘しかつけなかった。
でも、本当に彼のせいではないのだ。こんなにも私を落ち込ませているのは、ズタズタにされた靴たちと、彼に見合わない私自身だ。
そもそも、靴をズタズタにした犯人が平原さんのファンの子たちだとしたら、やっぱり私が彼に見合っていないからあんな嫌がらせをされるのだ。私がもっと美人で性格も良くて、平原さんの隣にいても見劣りしないような人間だったら誰も文句を言わないだろう。そう考えたら、こうなってしまったのも全て自分のせいじゃないか。
平原さんと出会ってから、彼のことばかり考えていて自分の嫌なところを考えずに済んだ。でも今日は、自分が大嫌いな私に逆戻りしてしまったみたいだった。
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