彼のいない街

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 高校三年生の二月、大学の合格発表があったあの日から、平原さんはいなくなった。  「会えなくなった」ではなく、「いなくなった」というのは、本当にこの街からいなくなってしまったからだ。  あの日私は、喫茶店の閉店時間までひたすら平原さんを待った。私を心配した喫茶店のご主人が、今日は帰った方が良いと言ってくれるまで、私はその席から動けなかった。  帰り道、何度も何度も彼に電話をかけた。メールもした。メッセージも送った。でも、そのどれにも返事は返って来なかった。  もしかしたら、事故に遭ったのかもしれない。具合が悪くて、どこかで倒れているのかもしれない。  そう思ったら居ても立ってもいられなくて、次の日平原さんの家まで行った。でも、何度インターフォンを押しても、しつこいくらいノックをしても返事はない。  勇気を出して、隣の部屋の人に聞いてみることにした。気だるげに出てきた若い女性が、事情は知らないけれど昨日引っ越し業者が来ていた、とだけ教えてくれた。  そんなはずはないと思って、玄関の反対側にある土手によじ登って彼の部屋の窓を見たら、カーテンも何もかかっていない、空っぽの部屋がそこにあった。
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