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私と平原さん
始まる前は長いと思っていた夏休みは、いつも一瞬で終わってしまう。ほとんど勉強をして過ごした高校三年生の夏休みも、同じようにあっという間に過ぎ去った。
二学期最初の授業日が終わってから、私は久しぶりに七海の家に遊びに行った。もちろん二人とも受験生だから、勉強道具を持参している。でもやっぱり七海と二人になったら、おしゃべりに興じてしまうのは仕方ない。
「はー、今日も暑いなー! ねえ倫、夏休みはどうだったの?」
数学の問題を解き終わった七海が、ペットボトルのお茶を一口飲んで話を切り出した。英語の長文を解いていた私も、少し休憩しようと思ってペンを置く。
「どうって、もちろん勉強漬けだったよ」
「うっそだー! どうせ平原さんとラブラブイチャイチャしてたんでしょー!?」
「なっ……! し、してない! 何てこと言うのよ!」
「ええー、ほんとぉ? ていうかさ、本当に卒業するまでシないの?」
これは前にも七海に聞かれたことだ。高校生と言えばやっぱりそういう話題が気になってしまうお年頃のようで、七海以外にも最近よく話すようになったクラスの女の子たちにも聞かれた。
ちなみに、いつかの平原さんファンたちによる嫌がらせ事件があってから、私がバスの運転手である平原さんと付き合っているという事実はクラス中に広まってしまっている。それで何かと声をかけられることが増えたのは嬉しいのだが、こういう話になると困ってしまうのだ。
「だ、だからしないって……」
「でもさ、家に行ったりしてるでしょ? 何もないの? ひと夏のナントカ的な」
「ないってば! もう、何回も言ってるじゃん」
「だって気になるんだもーん! ねえねえ、でもキスはしたでしょ? それくらい教えてよ」
何か収穫がないと気が済まないのか、七海はしつこく食い下がってくる。こういう話はどうも苦手なのだが、何か話さないと終わりそうにない。
「えーっと、あのー、うん……キス、は、したかな……」
本当は、「したかな」どころではない。恋愛ドラマや少女漫画で見たのと違う、呼吸すら危うくなるようなキスをされた。平原さんの言葉を借りると、夏休み中に私が彼を誘惑した一件からは、もっとすごい大人のキスまでするようになってしまった。
でも、決してそれ以上には進まない。それは平原さんなりのけじめらしい。
「いやー、照れちゃって! でもよかったよ、倫、すごく幸せそうだもん」
「うん、まあ……それはそうかも。最近はね、家にいるのも息苦しくなくなった」
「そっかあ、よかったじゃん! 平原さんと付き合ってから、なんか雰囲気柔らかくなったしね、倫」
「え、そう?」
「そうだよ! いじめ事件があってからかなぁ、クラスのみんなも倫に話しかけやすくなったって言ってたし」
「ああ……」
それには心当たりがある。あの一件から、心配してくれたクラスのみんなと頻繁に話すようになったのだ。
今までの私は、仲の良い友達は一人いればそれでいい、無理に交友関係を拡げなくていいと思っていた。でも、そうしてたくさんの友達と話すことが楽しくなって、自然と学校で笑うことも多くなった。
「高校生活もあと半年だしね。勉強ばっかりじゃなくて、もっと遊びたいなぁ」
「確かに、それもそうだね……でも、遊びすぎて大学落ちたら悲惨だよ」
「まあね! 倫は浪人なんかしたら、平原さんをもう一年待たせちゃうから頑張らないとねぇ?」
「だっ、だからもうその話は終わったでしょ! ほらっ、七海だってこの前の模試やばかったんじゃないの? 一緒にがんばろ!」
「はいはい!」
こんな風に軽口を叩きながら七海と勉強したりおしゃべりしたりする時間は、やっぱり私にとって大切な時間だ。家族と話すのとも、平原さんと話すのともまた違う。
もう一度数学のテキストを開いた七海を見て、私もペンを取った。
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