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彼のいない街
「よーっす、ハチぃ! テストどうだったー?」
「あ、莉子。うん、まあまあってとこ」
「うっわー、さすが才色兼備の大屋さんね! そんな大屋さん、今夜合コンでもどう? 友達が一人熱出しちゃってさー、人数足りないんだよー!」
ハチというのは、大学に入ってから私──大屋倫に付けられたあだ名だ。名付け親は、同じ学科の戸倉莉子。入学式の後のオリエンテーションで仲良くなってから、何となく気が合って一緒に行動している友達だ。
私が書道部に入ると言ったら、じゃああたしも入る、なんて軽いノリで入部したので、授業後もほぼ一緒にいる。幼馴染の七海と同じで、思ったことは何でもすぐ口に出すタイプだから一緒にいて楽なのだ。
「だから私、合コンは行かないってば」
「ふうん? 今日は友達のツテで、医大の男の子たちが来るんだけどなぁー?」
「いい。興味ない」
「もう、頑固なんだから。ハチさ、いつまでそんなハチ公してるつもり? いい加減忘れたら?」
「……うるさいな。いいの、好きで待ってるんだから」
ハチというあだ名は、「戻ってくるかも分からない彼氏をずっと待っている」という話をしたことで付けられた。あの有名な、亡くなった主人を渋谷駅前で何年も待ち続けた忠犬ハチ公からとっているらしい。
莉子がそうやってハチと呼ぶので、同じ学科の子たちも私のことをハチと呼んでいる。きっと由来までは知らないのだろうけど、呼びやすいようで定着しているのだ。
「酷なこと言うけどさ、それ遠回しにフラれたんだって。だっておかしいでしょ、一年以上音信不通なんて」
莉子の言葉がぐさりと胸に刺さる。でも本当のことだから、何も言い返せない。
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