1.来訪

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1.来訪

 他所者(よそもの)の一行が現れたのは、桜の花が散ったのを(しる)しに集落の周りの耕地への蕎麦の種蒔きが終わった時分のことだった。  見張り台に立っていたツキベニに呼ばれ、梯子を登って彼女の隣に立った。  ツキベニが指さした先に、川を上って来る一隻の船が見えた。二本の帆柱が並び、四角い帆を張っている。ずんぐりした船体は上面に板が張られ、その上に屋根が作られていた。船の上には十人ほどの他所者たちの姿があった。  船は吾らの集落から千歩ほど離れた、桑の木が土手沿いに並ぶ川の曲がりあたりで帆を下ろした。船から飛び降りた他所者が川の中を進んで岸に上がり、抱えていた縄で船を川岸の桑の木に繋いだ。船べりから川岸に渡り板が渡され、他所者が次々と降りて来る。どうやら停泊するつもりのようだ。それならば、意図を確かめに行かねばなるまい。  吾は見張り台を下り、配下を呼び集めた。ミズチ、アカミミ、ヒサギ、ハズク、カザバネの五人だ。ミズチ、アカミミには弓を、ヒサギ、ハズク、カザバネには槍を持たせて同行させる。吾は鉄の(つるぎ)を腰に佩いた。  他所者が上陸したのが川の対岸側であったため、少し上流側に移動し、かずら橋で対岸に渡った。その後は土手沿いに進む。川原に茂る葦で吾らの姿は他所者からは見えないはずだ。川の曲がりに近づいたところで立ち止まり、木々の隙間から他所者どもの様子を窺った。  他所者どもは船から荷物を降ろし、野営の準備をしていた。丸太と厚布を組み合わせて 小屋のようなものを作り、川原で火を熾して(かめ)で何かを煮ている。人数は二十人ほど、みな女だ。成人を過ぎていると思われる者も顔に紋様を入れていない。海の彼方の国から来た者どもかもしれなかった。ハズクを兄者への報告に向かわせた後、(われ)は他所者のもとへ向かう。この地に居座るつもりなら警告しなければならない。  吾が近づくと、焚火の周りにたむろしていた女たちは一かたまりになって、仮小屋の近くまで下がった。唯一人だけが前に出て、吾の前に立ち塞がる。十七、八くらいの娘だ。顔には何の紋様もなく、髪を頭の後ろにまとめている。上衣(うわぎ)は吾らと同様の筒袖のものだが、筒袴では無く一枚の布でできた腰衣(こしぎぬ)を巻いている。どちらも艶のある柔らかそうな布だ。足には皮で作った(くつ)を履いている。吾は娘を警告を伝える相手に決めた。
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